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異形者たちの天下最終話-4

最終話-4 逢魔ヶ刻に傀儡は奏で、木偶が舞う

 徳川という名の天下が完成し、時代は泰平へと流れた。
 これからの武将は戦さ働きから善政を競う役人としての器量が必要となってくる。武辺者たちは次々と居場所を失いつつあった。代わって青白い七光りの文官たちが台頭する。
 泰平とは、そんな時代なのだ。
 戦さ場にあっては親衛隊として働く直参旗本たちも、こうなっては微禄で養われる闘犬のようなものである。
「けしからぬ世なり」
と、不満を漏らしながらも
「武士は食わねど高楊枝」
を気取る輩もない。所詮、人は糧を食らう生き物である。やせ我慢にも限度があった。
 ただ一人、気骨な者を除いては。
 いつでも出陣に応じられるよう家中を統制し、自らもなお
「陣中」
と称して屋敷内で質実剛健を貫き武芸に余念がない男がいた。ほんの少し前までは当たり前のことなのに、今の世では誰もが彼を奇人として扱う。
 大久保彦左衛門忠教。
 彼の空回りな威勢は、戦国乱世の最期の断末魔にも似て、痛々しかった。
 
 さて、この頃の秀忠は、早く政権を後継者に託して
「大御所」
という名の楽隠居を望んでいた。もともと政治的才能の欠落している凡才には、これ以上の将軍職が苦痛でならない。さりとて後継者にも問題があり、秀忠は心休まる暇もなかった。
 長男・家光。家康存命の頃に嫡子として大義名分を得、これを次期将軍とするのは誰にも異存がない。
 いや、一人だけ、いた。
 秀忠正室・江与は次男・忠長に将軍を望んでいた。ただ単に、乳母でなく己で養育したという情のせいでもあるが、やはり淀の妹である。独りよがりな深情けで曇る眼鏡で世界を眺めている。
 家光を後継者に据えたら、さぞや江与は怒るだろう。
 そう思うと、秀忠の憂鬱は晴れない。
(いや……綺麗事はいうまい。儂とて江与の言い分がもっともと存ずる)
 すべての問題は、家光の出生なのだから。
「御所」
 その声に、秀忠は我に返った。目の前に控えているのは、秀忠にとっては過ぎたる家臣・土井利勝である。この男は私欲がなく感情も滅多に露にしないので、将軍としての秀忠が特に重用している男だ。
「黒田の石鳥居が日光に鎮座されたとの報せが……」
「聞きとうないわ!」
「は」
 黒田長政が御影石の鳥居を造らせて日光東照宮へ奉納したのは、元和四年(一六一八)四月のことである。
 東照宮が煌びやかになればなるほど、死した家康が今もなお秀忠の心を威圧する。そんな被害妄想にも似た感情が、東照宮に関する報せを拒絶するようになり、一種のノイローゼとなって秀忠を苦しめていた。
「父も余計なことをする」
「は……?」
「余計な胤をばらまくからだ。そちのように忠実ならば、儂も苦しまぬが、竹千代にはほとほと困る」
「そのことは……!」
「他言無用か。しかし、愚痴のひとつもいいたくなる。云えるのはそちの他にいない。人の耳など知らぬわ」
「御所、それがしは土井の男。権現様の御落胤に非ずや」
「あいつもそうならいい……あいつも」
 秀忠は忌々しそうに呻いた。

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