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異形者たちの天下第3話-10

第3話-10 踊る漂白民(わたり)が笑ったあとに

 木偶の阿国は家康の前に立って見下ろした。家康は狼狽した。
「まだ判らぬか、竹千代。前のときは山窩に呪いを解いて貰うたのに、まこと業の深い狸じゃわ。山窩が世俗に飽いて山へ去ったでな、代わりに傀儡子が面倒を見る羽目になったわい。そちの欲深は天下を統べるのではなく天下を縛り苦しめることに繋がる。埒外の民は断じて認めぬぞ」
「前のとき?」
「服部半蔵に解術を教えて妻と子を始末させる道を作ったのは、藤吉郎じゃ。奴は山窩の王じゃったもの、その指図に従ったのよ。おかげで竹千代は悪夢から醒めた筈じゃったのに……藤吉郎の死とともに良からぬ夢を取り戻しおったのう?」
 家康は築山殿と信康を始末したときの状況を詳しくは知らない。すべての采配は服部半蔵に任せていたからだ。
「のう、そちは何故に天下を望むか。天下を握ってなんとするのか。その胸の奥には構想すらないのではないか?荼吉尼天に命ぜられるままに戦さを繰り返してこの国を焼き払うつもりであろう」
「だまれ……」
「何のために帝を虐げるか。これは埒外への挑戦か。それに罪なきキリシタンや豊臣の子を殺そうと望むは何故か。すべては血に飢えた荼吉尼天の望む結果であろう」
「だまれ……だまれ……だまれ……!」
「そんな竹千代に何故荷担するか、半蔵」
 阿国の木偶は中庭に聳える松を指した。
 そこの枝にはいつしか服部半蔵正成が身構えていた。
「半蔵、この男が天下を握ればお前も死ぬぞ。そのことを知れ」
 阿国の木偶は高笑いした。
「戯れるな!」
 半蔵は飛んだ。飛んだ先は添え踊りをした女の傍らだ。そして脇差しを一閃した。途端、阿国は崩れ落ちた。江戸にいる筈の服部半蔵がなぜ駿府にいるのか。家康はそんな不可思議さえ脳裏に描く余裕すらなかった。
 半蔵はお六という側室の正体を探っていた。築山殿に酷似し家康を籠絡する様すらそっくりの若女が、偶然お声掛かりしたとは思えなかったからだ。この舞台の一連の流れで
「荼吉尼天の化身」
ということは判明した。しかし、それだけの為だけに、城内に忍んでいたわけではない。阿国一座に警戒を抱いていたからこそ、じっと息を潜めていたのだ。
 添え踊りの女から間合いを取るため後方へ飛んだ半蔵は更に身構えた。
「木偶には操り人形師がいるもの。お前が阿国という木偶を操っていたのだな」
 しかし女は臆することなく、口元を歪めて笑った。
「竹千代の天下には夢がない。恐怖で縛る天下は誰のものでもない。まことにくだらぬ」
「何をいうか。戦さがなくなれば民は泰平ぞ」
「牙を抜かれた者たちは、支配者へ意思すら示せなくなる。竹千代はささやかな抵抗の芽さえ許すつもりがない。まことに小心極まりない。これが天下を統べる男か、まだ藤吉郎の方がまともであったぞ」
「云うな。お前は誰だ」
「おれの胤は信長だよ」
 半蔵は凝固した。家康も腰を抜かした。
「おれの母親は阿国だ。清洲で踊った母は傾奇者同士すっかり意気投合して激しく睦んだ。その末がおれだ。おれの血は、半分が信長のものだよ」
 信じられぬと半蔵は頭を振った。
 女は余裕ありげに座り込み、懐から長い煙管を取り出してくるくると玩びながら
「あいつのことを父親とは思ったことはないが、本能寺で死んだ後にあいつの魂はおれの身体に入り込んだ。あいつの考えていたことは、みんな教えて貰ったよ。信長の描いた天下布武の夢は、武士でもないおれから見ても爽快じゃった。藤吉郎にも真似の出来ない爽快なものじゃったわ。竹千代なんぞには七遍生まれても真似は出来ねえな」
 この女の云うことは真実か、まやかしか。少なくとも嘘をつく者の目の色はしていない。悪戯なことをしている子供のような目だ。
「阿国は死んだよ。死んでからも踊りを続けたのは信長の誘いだからさ。この一座の傾奇は信長仕込みの一級品だぜ」
「ふざけたことを……」
「信じたくなけりゃ構わねえよ、半蔵。おれは信長からいろいろ教えて貰ったぜ。竹千代が今川へ人質に取られてすぐに清洲へ奪われたときのことを。あのときに起きた事件のこともな」
 半蔵は眉を顰めた。

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