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コラム:「個人と社会」アダム・スミスとルソー,そしてジョン・ロックについて考えながら(4,408文字)

「個人と社会」について,アダム・スミスとルソー,そしてジョン・ロックをモチーフとして私なりに語ってみたいと思います。つまり,「自由市場」(アダム・スミス),「社会契約論」(ジャン・ジャック・ルソー),そして「タブラ・ラサ」(ジョン・ロック)です。出来る限り短く,そしてわかりやすく書いてみようと思います。

※注 陰謀論や政治論,またなんらかの思想を語ろうとする文章ではありません。あくまで学術的知見を下地にして,気軽に読めるコラムを,私なりの考えや思いを元にして書こうと試みています。
※注 今回は事例そのものが有名であることも踏まえ,あえて引用をとりません。興味がおありの場合は,優秀な書籍が多数刊行されていますので,まずは読まれてみることをお勧めいたします。
※注 本文中に神や人,そして社会の単語を用いますが,特定の神や人,そして社会を指すものではありません。また,それぞれを擁護したり否定したりするものでもありません。

はじめに(個人と社会)

今私たちが暮らしているこの世界は,人権が存在し,そして人の公平性と多様性が求められています。人には何故人権が必要なのでしょうか。これは国連のホームページに詳しく記載がありますが,ここでは簡単に「社会に対して人が存在しているから」と述べることにしようと思います。

社会とは,その本質を適切に述べることが実は難しい存在です。そう,まずそもそも実在として存在していないのですから。社会とはあくまで概念です。これは人が集団を作り,その中で規範と規則が生まれ,さらにその中で人々が活動をすることによりその概念を結果として支えています。しかも,それを「誰かが創りだしているわけではない」ことに注意が必要です。

個人は,生まれ出で,そして生活し,やがて死にます。その中で起こる様々は人々にとりなによりもかけがえのないものであると言えるでしょう。したがって,人権というものはあるのかもしれません。人の権利を規定しなければ,人はそのかけがえのない生活を生きることが出来ないからです。しかし,それは何故でしょうか。闘いの中で生きることになるからでしょうか,それとも生きる意味を見出すことができなくなるからでしょうか。

本コラムにおいては,そこまで難しく考えず,いくつかのキーワードを用いて,私達が生きているこの時代に関わる出来事を考えてみたいと思います。あくまで私が思うこと,考えること,ですので,読まれた方の,このようなことに係る学習や学修のきっかけになればと考えています。

産業革命

18世紀半ばから,19世紀にかけてイギリスを中心として起こった,現代につながる歴史的出来事を「産業革命」と呼んでいます。蒸気機関が生まれ,工場が立ち,そして工業による大量生産が始まります。

それ以前の世界は奴隷労働などの,神の宣託による人の支配を中心とした社会であり,農奴や職人による生産を中心としていました。しかし,それはそれほど集約されておらず,ゆるやかな支配の時代であったということも出来るかもしれません。

工業を中心とした産業革命は,大量生産により大きな富を人々にもたらし,人の生活や文化そのものを変えたと言われています。そして,それは現代にも続き,今も私たちは大量生産,大量消費による豊かな社会に生きています。

実際には産業革命の評価は現在も続いており,世界に与えた影響に係る研究が行われています。私たちは産業革命の意味を本当には知らないのではないでしょうか。

神の見えざる手: アダム・スミス

アダム・スミス(1723-1790)は,産業革命の初期に大きな影響を与えた経済学者であり,哲学者です(古典経済学として現在も知られていますが,そもそも古典というのはミスリードを誘うような気がします(古典の語の持つ意味には紀元前のようなニュアンスがあると思うのです)ので,経済学として記述します)。

アダム・スミスは,自由市場を唱え,人々が自由に市場に参加することにより,その社会のバランスは「神の見えざる手」が調整を行うことを述べているとよく言われます。アダム・スミスは道徳に関する論考も著しており,正確には人々が「道徳的」に参加することが前提になっているのだと言われることもありますが,それは「道徳的」であってほしい人たちの思いが語られているだけのように感じることもあります。

「神の見えざる手」は,実際にはこの社会のありようをよく表しています。一人一人の思いとは違う,「集団としての人の意思による決定」として,むしろ解されるべきかもしれません。しかし,それはなぜ,そうなるのでしょう。根拠も,そして意思も,さらには信念もそこには感じられません。ひとつ言えることがあるとするならば,それは「結果論」だと考えることが出来ると思うのですが,いかがでしょうか。

そのような,何か気分のようなもので産業革命は起こったのでしょうか。それは多分,そうであり,そしてそうではないでしょう。ただ,産業革命の結果は,確かに富を得ることが出来,そしてそれは確かに人を,そしてなにより社会を,豊かにしたのです。

また,その陰にある,多くの労働者の犠牲を元として富を築くことが出来たのは,社会という概念があったからこそ,かもしれません。アダム・スミスはこの点において非難されることがありますが,そもそもアダム・スミスは全ての人が市場に参加できることを前提として述べていますので,批判には実際の市場が自由ではなかったことが見逃されているのではないかと考えます。

人は自由である: ルソー

ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)は,人は生まれながらにして自由である。と,説きました。これは人権宣言にもつながる言葉であると考えます。人間不平等起源論から社会契約論へ,これは自由である人が,社会に参加するということは,そもそも社会と契約しているはずだ,という,契約を元にした社会のありようを宣言していると捉えることも出来ると考えます。

ルソーの面白いところは,何にも束縛されない,人そのもの,自然状態にある人,を定義したところにあると思います。何にも束縛される理由がない,という考え方は懐疑論(物事を疑うことにより考えを導く)から生まれ,その結論は唯物論(全てのものは物質であるとして考えを導く)の体裁があるように感じます。

神が死に,王は人になり,そして人々は信じるものを失ったこの時代において,自らをその主体とする,つまり自分自身を信じるともいえるこの言葉は,多くの思想家に受け入れられ,産業革命へと至る道を切り開きました。

白紙から生まれ出る人々: ロック

ジョン・ロック(1632-1706)は,タブラ・ラサ(白紙状態)を唱え,人は生まれながらにして白紙であると説きました。有名なこの言葉は,性善説としてよく例えられます。しかし,本当にそうでしょうか。白紙であるというのは善であるということもまた,あり得ないと思えるのですが。

トマス・ホッブスの性悪説としてよく語られる「万人の万人に対する闘争」と対比され,ロックの「タブラ・ラサ」は性善説として語られがちですが,むしろ「法律家として人を定義している」とするほうがより自然かもしれません。

それまでの世界では神が人を作っていると信じられていたので,人には何らかの意味があり生まれてきているという考え方が自然とあり,その意味を問うことが多く,ロックはそれらについて「意味はない」とすることで解決を図ろうとしたのではないかとも思えます。

まあ,実際に当時の人々が神を信じたり,神を殺したりしたのか,と言われれば,それはわかりやすくするためのレトリックではないか,と思える部分もあるのですが,わかりやすいのでこのままにしておきます。

白紙の人々は,やがて経験により人格を形成します。この考え方を経験論として語る場合もあります。この経験,ということもその後の世界に大きく影響します。まず,教育がそこから生まれます。そして法律や社会制度,また自然科学,神の代わりに人がそれらを生み出す理由が出来たと言うことも出来るでしょう。

思想的に見ると産業革命は,人の意思がこの世界を作る初めての事柄であったのかもしれません。

神は死に,そして人が生まれ,やがて人も死ぬ

ジョン・ロックにより人は白紙とされ,ルソーにより自然状態を定義され,さらにその自由意志は,アダム・スミスにより自由市場により神の見えざる手に導かれるとされたわけですが,これは神として人々に指示していた何かが失われ,自ら考える人が生まれた瞬間と言うこともできるでしょう。

しかし,社会はどうでしょうか。人の集まりが社会である。そのように考えるのは,それを包む神が失われたからということも出来るのではないでしょうか。人々がそれぞれ意思決定をし,そしてそれは社会としてあらわれる。なんだかもっともらしいですが,本当にそうでしょうか。

ここで私は一つ提案しようと思います。

社会とは統計によりあらわされる,一種の結果論だと考えます。社会とは常に現在を映すことがなく,そして未来を照らすこともない。人の集団の記録ではないのでしょうか。

これを,わたしたちは経験と呼びます。経験とは同じく結果をあらわしている整理された出来事ということもできます。それは大変大切なことですが,今をあらわし,そして未来を照らすには「ひとそのもの」の回帰が必要なのではないでしょうか。

おわりに(誰が人を殺したか)

産業革命を迎え,社会がこの世界に登場し,人は労働し,社会を構成する単位として定義されているように思えます。これらによる悲劇は無数にある記録と書籍により知ることが出来ますが,今もわたしたちはこの状態から変化することが出来ていないように思えます。

それは,悲劇だけではない,という集団として評価するがゆえの視点が存在するためだとも言えます。すなわち,ジェレミ・ベンサム(1748-1832)「最大多数の最大幸福」です。100年以上が過ぎた現代においては,それらの問題を乗り越え,少なくとも過半数が幸福となったと言うことも出来るでしょう。しかし,この出来事は少数者の権利や公平性,また多様性が叫ばれるようになったことと無縁ではないように思えます。

人の意思は,そして信念はどうなったのでしょうか。統計により過去を振り返り,経験により過去を知ることで私たちは賢くなれます。しかし,未来への一歩は,一人一人の意思及び信念により導かれるのではないでしょうか。

独裁主義の色合いが含まれるこの考え方ですが,自由主義と,多様性,そして公平性のもとで独裁主義の色合いを払しょくし,一人一人が意思を発揮し,そして信念に基づいて生きることが出来る(許される)世界。これこそがわたしたちの目指す社会であるとわたしは考えています。


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