真龍図譜

序文

　江戸時代中期に描かれたとされる『六りっ極きょく源げん龍りゅう図ず譜ふ』(以下：源龍図)によると、龍とは己おのれを表す姿だという。また万ばん物ぶつそのものでもあり、己と万物とは同じ魂たましいに他ならず、よって切り離すことはできないのだと述べられている。

　六極とは東西南北天地の六方向の極を指し、つまり宇宙のこと。源は魂の『みなもと』であり、これも宇宙と同義とされる。龍とは流りゅうおよび粒りゅうであり、その実態すなわち相貌すがたは己の定義によって変わるのだという。己をどう捉えるかで龍の姿も変わるのだ。その変わる様こそ『流』であり、『粒』とは物質の極致であってひとつの表現に過ぎない。換かん言げんすれば我々がよく知る龍の姿は不動のものではなく、泡かり沫そめに蛇のような輪郭シルエットを伴ともなっているだけなのである。

　我々は細胞という粒で構成されており、その細胞もまた原子という粒子によって成り立っている。量りょう子し力りき学がくという科学の分野においては、そのような粒子は同時に波の性質を併あわせ持つのだそうだ。波を流の象徴的形状と捉えれば、源龍図は現代科学の見解も持ち合わせていたといえる。

　現在源龍図は散さん逸いつしてしまいわずかに言及、引用されたものが存在するのみで、図譜であるにも関わらずその画は一枚も残されていない。しかし逸文中には興味深い内容もあり、いわく画は時が来ればまた描かれるのだという。龍は流であるということばの通りその姿も時代によって変化し、その変化の波を上手に受け取れた者だけが、その時々で龍を描くことができるのだそうだ。それはつまり、龍を描くものはみなこの源龍図の流れを汲くむ龍画の絵師たちであるともいえる。

　この度編へん纂さんした『真しん龍りゅう図ず譜ふ』は源龍図の流れに筆も心も委ゆだねた芸術家が揮き毫ごうしたものをまとめたものである。すでにいくつかは人の手に渡ってしまったが、それもまたふさわしい在あり方であろう。おそらく源龍図が散逸してしまった理由も同じであったに違いない。龍の姿に己を見い出した人の手に渡り、いまもどこかで静かに息をしているのだ。

　龍は個人のものではなく、個人それぞれが龍そ﹅の﹅も﹅の﹅なのである。

　描かれた龍の一ひと柱はしら一ひと柱はしらは自分を映す鏡であり、どう捉えるかは自らをどう定めるかに依よっている。自分はいったい何者なのか——真龍図譜がそれに気づく端緒ヒントになれば幸いである。

委ねる芸術家

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