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龍重虎画

作品名:りゅうちょう
制作年:2022

神気潜むひと柱の龍

 りゅうちょうとは筆の勢いが自在で、のびのびとしているさまを表したことばである。『古今書人優劣評』や『古今書論』など中国の古い書論に見える表現で、書のすばらしさを龍がび上がったり虎がせたりする様子にたとえたことから産まれた語である。虎は龍とはくちゅうする存在として用いられることが多く、りょうぎんしょうりゅうばんきょなどの熟語や屏風絵、工芸品にもその姿が描かれている。本図鑑の龍を描く芸術家の書もまた、りゅうちょうと表するにふさわしい筆づかいである。

上部に墨点で雲を描くことで、龍虎が位置する『天地』の向きを紙面に表現している
自髪筆による揮毫は、書人の人生とそれを産み出した宇宙の歴史すべてが表れている

 漢字ははじめ象形、つまり絵として産まれている。それが時代とともに簡略化され、他と組み合わさりながら新しい表現を得て、現在我々がよく知るデザインに落ち着いたという歴史がある。ともすれば絵そのものもまた文字であり、組み合わせ次第で新しい絵として表現され得る。本作品では実に巧みな筆致でそれを成し、絵としても表現としても想像を超えた創造の域に達している。しんりょうともいうべきけっさくである。

 ただ傑作というものは往々にしてべっけんしただけではその魅力や神気が感じられないものである。だからこそ傑作なわけだが、本作品にはその神気がすでにあるようにも見える。たとえば大樹の根の如き穏やかさが香り立つその姿も、他方ではほむら立つたけだけしいたいにも映るといった優れた表現などはたしかにる者を圧倒する。しかし圧倒されるのはまだ早い。芸術家が到った創造の神域に足を踏み入れるためには、こちらも創造の手形をもってじんじょうという関所を通過する必要がある。

鏡映しの龍

 これまでいくつかの作品で見てきたように、龍は自己を映す鏡である。その鏡ということばをてがかりに実際に作品を鏡映しのように転じてみる。これだけではただ向きが反転したに過ぎないが、もとの作品と外側からゆっくり重ね合わせていくと、ちょうどごうの『Shin』の『S』の末端が触れ合うところで、中央に虎のそうぼうがくっきりと浮かび上がるのだ。紙面の下方で静かにこちらをうかがうその姿はした虎そのものである。

龍によって浮かび上がる虎の静かな相貌

 ここで本作品の題名に注目してほしい。『龍重虎画』とは、その字の通り『龍を重ねて虎をえがく』ことなのだ。これこそが想像を超えた創造の神域であり、神画龍図の傑作といわれる所以である。

 源龍図には『りゅうとうそう』という題の作品があり、透かし紙に描かれた龍を上手に重ね合わせることで虎の姿を映し出すものであったようである。現代でいうところのトリックアートのような遊び絵が、江戸時代はたびたび流行した。龍透虎創もそのひとつであろう。
 なお、もとになった『りゅうとうそう』とは実力のきっこうした者同士が全力で戦うことを意味することばである。墨を入れても破れない薄紙をく職人の技と、透き通る景色も表現に取り込む絵師の技。たがいが自らの技術や能力に全力をくさねば産まれ得ない作品であったことを考えると、自身が龍でありまた虎であり、真の戦いとは相手を倒すことではなく自己と向き合い続けることといえよう。


委ねる芸術家

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