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魂魄真龍図

作品名:こんぱくしんりゅう
制作年:2021-2022

『魂魄真龍図』より魂龍(金龍)と魄龍(銀龍)

 こんとは精神をつかさどる陽の気であり、はくとは肉体をつかさどる陰の気とされる。じゅきょうけいしょのひとつ『らい』に【こん天に帰し、けいはく地に帰す】とあり、魂が気を魄がかたちを帯びている様子がよくわかる。
 こんこんに、はくはくに通ずることから、この魂魄真龍図はそれぞれ金色と銀色で描かれている。たがいにつながって渦を巻く姿は陰陽を表すたいきょくのようにも見て取れるが、向きが逆である。太極図が右巻きなのに対し、こちらは左巻きに描かれている。それは龍のむ世界が我々とはまったく異なるためであり、端的に表現するなら時間の進む世界が我々の次元=右巻きであり、時間の戻る世界が龍の次元=左巻きということである。
 実のところ、この魂魄両龍は我々の時間軸でいう【過去】の時点ですでに描かれている。いったいどういうことか。龍の世界をのぞくつもりで、少し時間をさかのぼってみよう。

『渦*金龍』

 『渦*金龍』と題されたこの画はいまからひととせほど時を戻した紅葉もみじ色づく秋のころに描かれたものだ。左下に見える渦はなじみのある右巻きだが、実はこれは裏から描かれたもの。つまり本来は左巻き=龍の世界であり、描かれた魂龍は次元をまたいで我々の世界にけんげんしてきたわけである。一見してはくなその姿は魂の表現にふさわしいようにも思えるが、実は本当の世界が裏にあると知った瞬間の、その真理に触れたようなはかない感覚そのものが魂龍の表現にふさわしいといえよう。

『銀龍』

 そんなこんりゅうけんげんから、さらにさかのぼることひとときほど前の、ほたる飛び交う梅雨の季節に『銀龍』という題ではくりゅうが姿を見せている。先ほどがはくならこちらははくともいうべき勢いのある姿で、形魄のごとくその形にこそ魄龍の魄龍たる所以ゆえんがある。
 先述のようにはくは肉体をつかさどる陰気を指し、土に帰す形あるものである。それは骨を意味し、この銀龍が短く太い白線の集合で描かれているのはそのためである。だからといってこの銀龍が死んだ存在というわけではない。死とは人間が自らの理解を超えた世界をとらえるためにいろどったひとつの視点であり、龍は生と死を区別せず、それゆえに死も生もない。重要なのは、魂龍・魄龍ともにこの世界に幾度となく陰に陽にけんげんしていることである。

 陰陽に代表されるように、優劣や正誤など人は世界を二元的なものの見方であたり前のように分割する。魂魄でさえも精神と肉体、気と形のように異なるものとしているほどだ。しかし本来はすべてひとつの存在であり、太極図や魂魄真龍図はそのことを表しているのだ。ではなぜ、題に魂魄がついているのだろうか。その答えは真龍の名前と、これが描かれた紙にある。

 この図はみつまたがみというき和紙の上に描かれている。みつまたとはジンチョウゲ科の落葉低木で、和紙の原料としてその樹皮が使われている。またとは木の枝がわかれる部分を指し、よく知るさんなどのまたのことである。そんなみつまたがみに描かれた龍もまたみつまたにわかれたのである。
 三つのうち、ふたつは魂龍と魄龍で残るひとつが真龍である。その真龍は魂魄両龍が渦巻く世界とは異なる次元、あえて人の視点で表現するならみつまたがみを天地に貫く次元にいる。平面に対して立体のような上層次元といえばわかるだろうか。真龍はそこに存在している。そのため形はおろか感覚でさえもとらえることは不可能だ。けれどもたしかに『いまここ』に『真龍』は存在している。捉えることができないのに存在がなぜ断言できるかは、我々がここに存在しているというかったる事実がそれを証明しているからである。

 ものごとすべては表裏一体である。いや、そもそも表も裏も人のほうで勝手にわけているに過ぎない。しかし逆にいえば片方が存在すれば必ずもう片方も存在するということであり、我々の存在はすなわち別の存在のたしかなしょうであり、その別の存在が龍である。
 真はまことや自然のままの意味だが、もともとこんにちの『てん』すなわち【空いた部分をすっかり埋める】意味の字として存在していた。空いた部分とは我々が二極に分離したみぞのことであり、真龍はその溝を埋める役目をになった存在なのだ。そしてすっかり埋めきった時すべてはひとつに統合され、晴れてもとの状態に『戻る』のだ。
 龍のむ世界が我々のいう時間が『戻る』世界というのは、単なるたとえを超えた文字通りまことの表現である。いまさら源龍図まで時間をさかのぼらなくとも、この魂魄真龍図をほどくだけで必要なすべては知れるだろう。

『魂魄真龍図』を縦に見た景色
冒頭の向きから【左巻き】に回転させた
真龍が紙面中央から我々に向かって次元を翔け昇っている


委ねる芸術家


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