五蘊交龍

作品名：五ご蘊うん交こう龍りゅう
制作年：2021

五蘊の有為と魂の無為

　生きるということは、廻めぐり合わせの中に身を置くことである。人に限らず物でも事象でも、時に引き寄せ合い時に別れを告げながら、途切れることのない流れの中で私たちは生きている。縁えんがある、縁がないということばは、存在の有無ではなくそれが観みえるか観みえないかの違いである。縁は森羅万象すべてに行き亘わたるものであり、どれひとつとして切り離されてはいないのである。孤独は縁が絶たれた状態を指すのではなく、縁を意図的に観えなくした状態をいうのである。誰によってか。もちろん自分自身である。
　いわゆる運うんはその縁を通して文字通り運はこばれる出来事であり、不運というのは運ばれてきたその出来事に対して見向きもしないことをいうのである。そして運ばれることが運の本質であるがゆえに、自らの許もとへとやってきた出来事はまた別の人の許もとへとその縁を通して運ぶことが、自然の成り行きである。運を所有せずに受け取っては運び受け取っては運びをくり返す人が、いわゆる運のいい人である。運のいい人とは運の流れがいい人のことをいう。
　つまるところ我々は、縁えにしという無数の道が出逢う交差点に立ち、次々とやってくる車を滞とどこおりなく進ませるよう交通整備をするだけの存在なのである。車は出来事であり、それを動かす運転手こそ文字通り『運』である。

　描かれた五いつ柱はしらの龍は五ご蘊うんを表している。五ご蘊うんとは色しき・受じゅ・想そう・行ぎょう・識しきの五つをいい、それぞれ物質・感覚・表象・意志・認識を指す。仏教においてこれら五つは、人はもちろん宇宙の存在を構成する要素なのだという。龍はそれぞれの要素をつなぐ縁えにしであり、その尾が見えることからもそれらすべてが交わり、あらゆる存在はその交差点に過ぎないことが充分に理解される。五つの尾が大の字よろしく人をかたどっていることはとても印象深い。その中心で黄金に輝く光は魂を表現している。それは描かれた龍＝縁にはない色であり、因果や因縁により生み出されてものではない不生不滅の存在=無む為いである。

　源龍図には『五ご運うん蛟こう龍りゅう』の作品が存在している。五つの運がそれぞれなにを指すかの詳細は伝わっていない。蛟こう龍りゅうは水中に棲すむ龍とされるが、蛟みずちと龍とは別の存在と解されることもあり判然としない。おそらくこれは三国志にある『蛟こう龍りゅう雲うん雨うを得えば、終ついに池ち中ちゅうの物に非あらず』に材を取ったものであろう。劉りゅう備びを警戒していった周しゅう瑜ゆのことばで、事実、劉りゅう備びは蜀しょくを手中に収めるほどにその勢力を拡大していったのである。ここから蛟こう龍りゅう雲うん雨うの語が生まれ、雌し伏ふくしていた英雄が時を得て活躍する様を指すことばとなった。

　蛟龍にとって雲や雨は池中を脱する機会であり、ひとつの縁、ひとつの運である。雲は陽を遮さえぎり、雨は山をも流してしまう脅きょう威いとなることもあるが、それもまた捉とらえ方次第であろう。運に善悪はない。五ご蘊うんによって人が存在するように五運によって機きざしはそこかしこで芽め吹ぶいている。いまいる環境が池中の蛟龍よろしくどこか窮きゅう屈くつに感じるならば、周まわりをよく観てみることだ。そこには雲や雨以外に残り三つの運が必ずある。もしくはそれ以上あるだろう。それら運ばれてきた出来事を受け取った時、人は自らが縁えにしによってかたちづくられていることを、そして五つの龍によって支えられていることを知るのである。

委ねる芸術家

https://www.instagram.com/sh.in3554/?hl=ja