見出し画像

【短編小説】レベルアップ

「あなたがレベルアップしたいことは何ですか?」
帰りの電車の中にある広告に目が吸い寄せられた。

レベルアップ。
いい響きだ。人生は壮大なRPGゲーム、そう考えたら、レベル上げが必要に決まっている。
そして、ゲームであれば当然のことながら、レベルを上げれば、新しいエリアに行けるようになる。
実際のゲームと違うのは、死んだらゲームオーバーで、リプレイもできない。ハードゲームに心が燃えるぜ!
誰に教えられるでもなく、サトルは人生についてそう考えていた。
だから、いつも新しいことにチャレンジして、無理だと言われることにチャレンジするのが楽しかった。
そうやって生きてきた結果、今は有名大学院を卒業し、大手企業で働いている。

これはある種のゴールだろう。この会社で働いていれば、いずれ年収1000万にも到達する。全体の5%に入ることができるのだ。
普段の業務も簡単ではないが、それが逆にサトルにはちょうどいい。
ただ、負荷高めの業務を楽しみつつも忙殺されるうちに、自分で目標を決めてチャレンジすることへのワクワク感を忘れていた。
そんな時に、帰りの電車でその広告を見つけたのだった。

今、自分がレベルアップしたいことは何だろうか?サトルは自問自答する。
会社員生活は先が見えている。上司からの覚えもいいし、同期に比べて仕事もできるから、出世も順調にできる可能性が高い。だが、見えている道を進んでいいのだろうか?その道を考えても、サトルの心は躍らなかった。

ふと、会社員と対局の「独立」という二文字が頭に浮かんだ。
「どうやったら独立できるのだろうか?」試しに考えてみる。
まず、どの分野で独立できるのかがわからない。今の会社の業務は、大企業だけあって各自の業務が細分化されているし、会社の設備に頼っているところが多い。一人でできる気がしない。
次に、独立の形態がわからない。会社を作るのか、個人で事業をやるのか。従業員一人の会社、というのも聞くが、それとフリーランスの違いがわからない。もっと言えば、フリーランスとニートの違いもよくわからない。

少し考えてみると、わからないことしか出てこなかった。こうなると、逆に燃える。
「よし、40歳までに独立を目標にしよう」
心の中だけで宣言するつもりが、つい口から出てしまって焦った。
しかし幸いなことに、車内にいる人はイヤホンをしている人ばかりで、サトルに注目する人はいなかった。

サトルは現在30歳になったばかり。あと10年で、どうやって全くわからないことを達成するか。
人生にリプライはない。死んだらゲームオーバー。
だから、失敗しても死なないように知識をつけよう。
まずはお金の知識。ここは簿記やFPかな。
事業をするのだから、経営の知識。経済学だろうか。
でも、人と仕事をするのだから、行動経済学や心理学も必要だろう。
人を雇う可能性があるなら、マネジメントも学ばないと。

将来の自分がどうなっているかはわからない。不安もたくさんある。
会社員でいることを目指した方がいいのかもしれない。
しかしサトルは、「10年後に独立」という久々の無謀な挑戦に、心がワクワクするのを止められなかった。


この記事が参加している募集

#私の作品紹介

96,225件

#文学フリマ

11,687件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?