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古本屋になりたい:38 うどんか蕎麦か

 大阪生まれの大阪育ちで、麺といえばやはりうどん派である。

 淡い色のつゆに、柔らかめの麺。
 子どものころなら卵とじうどん。
 少し大きくなって少食の時期を脱してからは、ミニ天丼にうどんのセットか、ミニうどんに天丼のセット。天丼がなかったら、かやくご飯。いなりはあまり選ばない。

 町内に徒歩で行けるうどん屋があったし、市内に車で行くうどん屋があった。
 友達と街に出ても、いつもパスタやエスニック料理という訳ではなくて、チェーンのうどん屋に入ることもあった。混んでいる列に並びたくない時とか、しょっちゅう遊んでいる友達とまた一緒にいる時とか、うどんが合うタイミングがあるのだ。

 母は、うどん屋に入ってもよくざる蕎麦を食べていた。
 汗をかくから、といつも言っていたのでそのまま受け取っていたが、母はうどんより蕎麦が好きなのである、おそらく。
 母からすれば、うどんは家でも食べられる日常の食べ物、蕎麦は外食するものだった。年越し蕎麦は例外だが。

 父がうどん屋で蕎麦ではなくうどんを食べるのは、そこがうどん屋だからだ。
 母がうどん屋でうどんではなく蕎麦を食べるのは、蕎麦の方が好きだからだ。
 性格がよく表れている。

 思い返してみると、両親は出石に蕎麦を食べに出かけたりしていた。日本海にカニを食べに行くこともあったから、車で日帰りの遠出をして、美味しいものを食べてくるのが好きだったのだろう。
 蕎麦にしろ、カニにしろ、母の好きなものだ。食に関して、特に外食に関して、父はそれほど強いこだわりがなかったから、基本的に母の好みに合わせていたのだろう。父も蕎麦は好きだと思うが、うどん屋でも蕎麦を選ぶほどではない。

 私も大人になるに連れて、蕎麦を食べる機会が増えた。うどん屋の蕎麦ではなく、蕎麦屋の蕎麦である。
 両親が見つけて来た、少し遠方の蕎麦屋に行くのに付き合ったりする。奈良とか、大阪の河内の方とか、兵庫の猪名川とか、蕎麦を食べるだけの外出をするのだ。

 京都にお気に入りのうどん屋さんがあって、一人で近くの美術館に行くときには何度か寄った。
 元はカウンターしかない狭い店舗だった。
 調理する店主と、和服姿で出来たものを出してくれる女将さんだけでぎゅうぎゅうの、黒光りする古い木のカウンター。照明は暗め。京都の町屋で側面に窓はないから、外の光も入らない。BGMもなかった。美術館のポスターは入り口近くに貼っていた記憶がある。
 寒い冬で、混んでいたので少し外で待ったけれど、店内に入った時のお出汁の匂いと温かさで体が解けるような気がしたのを、今でも覚えている。

 細めの麺が柔らかく出汁を染み込ませていて、つゆを飲み干すほど美味しい。
 基本のうどんにトッピングがいくつかあって、私はたいてい鱧の天ぷらにした。熱々で、ふわふわと柔らかい。
 大阪で食べるうどんに比べると贅沢でお値段も高めだったが、最初から最後までずっと美味しいから気にならない。
 ええねん、京都やし。

 ガイドブックに載るような有名店だったはずだが、数回通った後、店を見失った。
 何度も、この道のはず、と記憶を頼りに歩いたが、見つからない。それほど細い道ではない。
 その時は諦めて、また後日美術展の帰りに同じ道を歩いた。すると、記憶より少し手前に、やけにピカピカした和モダンなうどん屋さんができている。店名を見ると、好きだったうどん屋さんと同じ名前だ。リニューアルしたのか、と驚きとちょっとした不安を抱えて入ってみた。

 店内は広々していた。以前の何倍もの広さだ。白木の造作、4人がけのテープルがいくつも並んでいた。日が差し込む窓もあって明るい。席は空いていたものの、お客さんはたくさん入っていて、ランチのピークを過ぎた時間の割には賑わっていた。
 若い女性スタッフがたくさん立ち働いていて、明るく接客をしてくれる。たまたま私のテーブルに来てくれた人が比較的年長に見えたので、リニューアルしたんですね、と声をかけてみた。そうなんです、とは微笑んでくれたが、前の店舗のことは知らないのだろうなという気がした。

 味は美味しかった。
 同じ味だったかどうかは、もうお店の雰囲気が変わりすぎていて分からなかった。値段は、相変わらずちょっとお高めで、もしかしたら少し値上がりしていたかもしれない。

 この新しくなった店舗も、味は良かったので何度か行った。
 しかし、ある時、このお店もなくなってしまった。数年も保たなかったはずだ。
 美術展に合わせて行くので、しょっちゅうは通えない。半年とか、一年近く間が空いたこともあった。
 思い切って大きなお店にリニューアルしたのだろうに、家賃とバランスが取れなかったのだろうか。借りたんじゃなくて、広い土地を買ったのか。広くなりすぎて、味が保てなかったとか?思いの外集客できなかったのだろうか。
 移転しただけかもしれない。調べなかったけれど。

 私自身は、うどんを食べることこだわっていたわけではないし、ここのうどんが美味しかったから何度も食べただけだ。
 代わりのうどん屋を探す必要はない。
 その日、私は河原町に戻り、かなりお腹を空かせて、三条寺町の田毎たごとに入った。古くからあるお蕎麦屋さんだ。

 お昼の時間は過ぎていたので、店内は空いていた。
 天ぷらそばのセットだったか、ボリュームのあるものを頼んで待っていると、レジに近いテーブルに冊子のようなものがいくつか積まれているのが見えた。席を立って見に行くと、京都のミニコミ誌や、展覧会のパンフレット、持ち帰り用の田毎オリジナル七味唐辛子の瓶などが並んでいた。
 その中に、正方形に近い冊子があった。
 表紙の文字が一瞬なんと書いてあるのか読めず、先に中を開いてみた。
 「新そば」か。
 民藝風な文字だなと思うと、やはり題字は芹沢銈介らしい。

 「季刊新そば」は、端から端まで蕎麦尽くしの季刊誌だ。50ページ弱の薄いものだが、蕎麦に関係のないページは一枚もない。
 私が手にしたのは、NO.161。
 平成30年7月20日発行。
 季刊で161号も出ているということは、ざっと40年発行されていることになる。

 表紙を開くと、全国新そば会地図なるカラーの日本地図。全国新そば会という有志の組織があるようだ。
 田毎も入っているし、同じ京都なら河道屋や権太呂ごんたろ、大阪はおそば処今井、しのぶ庵、東京は神田のやぶそば(ぶ、のあの独特の表記が出ない)や、室町の砂場の名前もある。
 老舗、高級店、庶民派、様々だ。

 著名人のエッセイに多くのページが割かれていて、書き手は、たとえば女優の木村多江さん、永青文庫の副館長の橋本麻里さん、シソンヌのじろうさんなど。
 追悼・再録のエッセイは、俳優の加藤剛さん。蕎麦の花が好きだと書いておられる。

 そのほかの記事も興味深い。
 モンゴルで開催された、日本伝統手打ちそば祭りのレポート。
 ソバの研究者である京都大学名誉教授の、中国での野外調査の思い出。
 『蕎麦のソムリエ』講座へようこそ!
 醤油や鰹節、みりんの広告ページ。お蕎麦屋さんに愛されて四世紀、とはヒゲタ醤油株式会社のキャッチコピーだ。
 全国の名店拝見のページはフルカラー。

 さらに、蕎麦にこだわった誌面の細部が、ふっとほおを緩ませる。
 「ちょっとおそば・・・に…」というインタビューページは、フランス文学者で昆虫に詳しい奥本大三郎さんが、ファーブルとの出会いを語るとともに、ブータンで食べた蕎麦の話をされている。
 読者からのお便りコーナーは、「拝啓ご麺」。
 「そば会便り」は、蕎麦屋さんや蕎麦好きが企画したイベントの案内。落語会だったり、蕎麦農家さんのマニアックな話を聞く会だったり、どれも楽しそうだ。
 そのほか、蕎麦に関するイベントの案内も載る編集後記に当たるのは「蕎麦我記」。そばがき。そば同行のますますのご健勝を…、の言葉で締められている。

 発行は北白川書房となっていたので、てっきり京都の出版社かと思ったが、名古屋の会社だった。
 インターネットで調べてみると、「季刊新そば」は、蕎麦研究家の方が昭和35年から発行しているそうだ。やはり40年以上の歴史を持つのである。寄稿されている方の顔ぶれを見ても、その他の誌面の充実ぶりとこだわりを見ても、長く続いているのは頷ける。

 冊子のちょうど真ん中の見開きは、美しい蕎麦畑の朝の写真だ。
 ちょうどこの号から始まったコーナーで、日本の素晴らしい自然風景を紹介していくそうだ。ずっと蕎麦畑というわけではないのかもしれない。

 今改めて見ると、この、一面の蕎麦畑の向こうに陽が昇る風景は、奈良県桜井市、かさ地区のものだった。
 笠地区には、両親と蕎麦を食べに行ったことがある。地元で取れた蕎麦を100%使った蕎麦が食べられるお店だった。
 奈良でも蕎麦が穫れるんだなあと、長野など寒い地方で穫れるものと思い込んでいた私は驚いた。出石や出雲も名産地だから、日照時間が関係しているのだろうか、くらいに思っていた。

 関西でも、車で少し遠出すると、薄ピンクの小さな花を咲かせた植物の畑を見かけることがある。子どもの頃は分からなかったが、あれは蕎麦畑だなとなんとなくわかって来た。
 うどんの小麦より、案外蕎麦の方が近くで作られているかもしれない。そういえば、兵庫の猪名川で食べた蕎麦も、地元産だった。
 江戸で蕎麦が好まれたのは、ビタミン不足を補うためだったという。蕎麦は、各地で必要とされてその地に根付いた食物だったのだろう。

 うちの両親の場合は、子どもが小さいうちは子どもに合わせて消化の良いうどんを食べることが多かった。
 うどんは家のもの、とまでは言わない。しかし、やはり生活圏にあるものだ。近くに美味しいお店がちゃんとある。

 蕎麦は大人の食べ物、カッコいい食べ物だ。
 退職して蕎麦打ちを始める人をイジるような風潮もあるけれど、才能を発揮して美味しい蕎麦を打つようになる人もたくさんいるらしい。
 どちらに軍配をあげるというものではないが、蕎麦の美味しいお店へは、少し足を伸ばさないと行けないという意味で、私にとって蕎麦は特別な食べ物という感じが、今でもする。

 「季刊新そば」を目当てに、京都に行ったついでにまた田毎に寄ったが、新しい号はまだ出ていなかった。
 季刊って、なかなか出ない。そういうものだ。

 定期購読もできるようなので、興味のある方はぜひ。

 うどんの専門誌があるなら読んでみたい。

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