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古本屋になりたい:12 お風呂嫌い

 お風呂が苦手だ。とにかく面倒臭い。

 翌日に予定がないなら、お風呂に入らずに眠りたい。
 入った方が良いのは分かっているので、ダラダラと考える。シャワーでは体が温まらない。お湯を張ったら絶対に入らないといけなくなる。テレビを見ているうちに、もう12時だ。古い団地なので配管を流れる水の音が気になる。あまり遅い時間には入りたくない。
…やっぱり今日は寝よう、となる。

 私がお風呂に入る気になるには、二つのものがいる。
 まずは入浴剤。
 そして、持ち込む本。

 お風呂に入るまでは面倒臭いが、一度入ったら、できるだけ長く入って有意義に過ごしたい。

 私にとって一番有意義なことは、読書すること、その読書が進むことである。

 入浴剤は、さっぱりした香りのものが良い。木の香り、森の香り、ハーブの香り。花や果物の甘い香りでない方が良い。
 入浴は、森林浴に似ている。森林浴が入浴に似ているのだろうか。
 お気に入りは、クナイプのモミの香り、ホップとバレリアンの香り、リンデンバウムの香り。
 バブや温包も、森やヒノキの香りのものが良いが、日本の入浴剤はどうも香りが甘い。

 そして本である。
 湯気でふやけてしまうから、安く買った古本の文庫本が良い。
 休み休み読むから、ストーリーを追うものは向かない。
 一つの段落があまり長くない方が、ここまで読んだら一旦湯船から出よう、と区切りをつけやすい。

 何よりも重要なのは、内容が入浴中の気分に合うことである。
 入浴剤で、お風呂場は木や緑に囲まれているような空気になっている。頭の中も、森を散策している気持ちになりたい。

 宮本常一の「塩の道」や、白洲正子の「かくれ里」なんかは正にぴったりだった。
 司馬遼太郎の「街道をゆく」も良い。
 歩いているのは森でなくても良いのだ。海辺の道や湖畔の道、次に旅行に行きたいところ、行ったことがあるところ。日本でなくても良い。暑い国、寒い国。今はもうない国。

 ナショナルジオグラフィックを風呂場に持ち込んだこともある。しかし、大きすぎて手に負えなかった。目が悪いので、字が大きい方が読みやすかろうと思ったのだが、誌面が大きい分、文字を追う動きが大きくなって疲れてしまった。縦書きと横書きの違いもあるかもしれない。
 やはり、文庫本の小ささ、軽さがちょうど良いようだ。

 スマホで動画を見ることもあるが、なかなか森林浴気分を味わえる動画は見つからない。バラエティ番組を見ていると時間の経つのは早くて、結果的に長く入れるけれど、長く入るためだけに私のお風呂時間はあるのではない。

 どの本を持って入ろうか、と本棚の前で本を探す時間も含めて、私のお風呂時間である。

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