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【小説】ミシュラン帝国 #1

ハァハァハァ・・・

あと3日でこの地獄から解放される。

あと少しだ。

~~~~~~

「あー、そうですか。わかりました」

シェフの大きな背中から覇気が消えたのが分かった。今年もダメだった。

「今年も二つ星だ・・・」

「そうですか・・・」

僕(柿本智春)はシェフになんて声をかけたらいいのか分からなかった。みんな下を向いて黙々と作業をこなしている。

なので僕も魚の下処理を続けることにした。

あれだけ毎日夜遅くまで新作メニュー作りに取り組み、また二つ星だった。

三つ星を取るためには一体何が足りないのだろうか。

シェフもきっと同じようなことを思っているのだろう。

シェフ専用の椅子に座り床の一点を見つめているようで、その目は何も見ていないように感じられた。

サービススタッフ兼ソムリエの秋元純平がシェフにそっと話しかけた。

「シェフ、今日行けるスタッフを集めて飲みにいきませんか?」

「あぁ、そうだな」

シェフの顔には一年間の疲れがどっと出ているようだった。

僕が勤めている『レストランShirai』はミシュランが東京に来てから15年連続で二つ星を取り続けている。

僕が入社したのは5年前だが、その頃からシェフの白井栄蔵は三ツ星を取ることを目標にしていた。

この魚はなんだ!火が入りすぎだ!やり直せ!

このスープは重たすぎる!もっとブイヨンを入れろ!

などと、営業中はお客様にお出しする料理をくまなくチェックしていた。

シェフの目つきは鋭く、周りのスタッフがいい加減な仕事をしていないかセンサーを張っているようだった。

20年間レストランの長として支えてきただけはあり、顔つきもそこらの50代よりも凛々しく感じられる。

体型は180センチほどでお腹も大きいのでお客様から見ても「この人がシェフだろうな」とすぐにわかるだろう。

シェフ白井の名はフランス料理業界では知らない者がいないほど広まっている。

なんたって日本で二つ星を獲得しているフレンチレストランは9店舗しかない。三つ星に関してはたったの3店舗だ。

にも関わらず、二つ星に満足することなく、シェフはさらに上の三つ星を獲得するために日々もがき苦しんでいた。

そんなストイックなシェフの元で修行経験を積みたいと、僕を含め多くの若き料理人が集まっていた。

~~~~~

「みなさんとりあえずビールでいいですか?」

サービススタッフの高橋菜々が明るい声で場を支えている。

男性6人の部屋に女性の黄色い声があるのはありがたい。

ビールをオーダーしてから嫌な沈黙が流れる。

そんな沈黙を破ったのが店員さんの「失礼しま~す」だった。店員も女性で大学生のアルバイトに見える。

みんなでジョッキグラスを片手に持ち、抑えめの声で乾杯をした。

シェフの様子を伺ってみるといつも通りの顔つきに戻っていた。どうやらこの重苦しい雰囲気はスタッフがシェフに気を使っているのだろう。

シェフが口火を切った。やはり話題はミシュランだ。場を和ませるためにミシュランの件には触れず、楽しい飲み会にしようなんてことはしない。

「何がダメだったと思う?」

場が静まり返る。

シェフの次に年長である秋元が言った。

「シェフの料理の方向性とミシュランが定めている三つ星の方向性が違うのではないでしょうか?」

「なんだと?」

空気が張り詰める。

「ミシュランが公表している三つ星の定義は『そのために旅行する価値のある卓越した料理』です」

「そんなこと知っている。そういう料理を作るために毎日試行錯誤してきたんだ」

「しかし、今年も取れなかったんです。ミシュランが公表している三つ星の定義はあくまでも建前で、獲得するための何かしらの条件があると私は思っています」

「あぁ、その条件を探すために全国にある三つ星レストランにも行った・・・」

シェフもそんなこと分かっているようだった。

「ミシュランは確実に世には公表していないだけで、ミシュラン独自のルールで料を、いや、お店全体を評価している」

「そのルールが分かればそれに向かって料理を作ればいいだけなんだ・・・」

シェフの目つきが鋭くなるのが分かった。料理の盛り付けがズレていないかチェックする時の目に似ている。

僕はあることをシェフに打ち明けようか迷っていた。

~~~半年前~~~

「ねぇ、ミシュランって知ってるよねぇ?」

彼女の口からミシュランが出てくるとは驚きだった。

「うん、シェフが今年こそは三つ星だ!って張り切ってるよ」

彼女の名前は天音みか。

とても誠実で家事もそつなくこなしてくれて、夜遅くまで働く僕を陰ながら支えてくれている。

「実はさぁ、私の元カレミシュランの調査員らしいの・・・」

時が止まった。

「ホントか?」

「うん、多分・・・」

「多分とはどういうことだ?」

「前元カレと同棲しているときに浮気を疑って携帯を覗いたことがあるの・・・」

「それで?」

「その時に通話履歴を見たら同じ電話番号の人と何回もやりとりしていて・・。浮気をしているかどうかハッキリさせたかったからその電話番号にかけてみたの」

僕は待ちきれなかった。

「ミシュランだった?」

「うん。こちらミシュラン東京支部です。って。男性の声だった・・・。その時は焦って切ったんだけど、そのあとミシュランについて調べたの・・・」

「なるほど・・・。元カレの名前ってなんて言うんだい?」

「桜井彰・・・」

僕も復唱する。

どうするべきか悩んだが、みかから桜井彰の電話番号を教えてもらうことにした。

知ってはいけないものを知っていると誰かに打ち明けたくなる。心が重い。

みかもこの重さに耐えきれなかったのだろう。

~~~現在~~~

男6人女1人の飲み会は盛り上がることなく1時間近く経っていた。

三つ星を狙うとは言っても、何をどうしたらいいのか誰も分かっていなかった。

ただ美味しい料理を作れば良いというわけではない。そんなのどこの店だってやっている。

この低迷期から抜け出せる可能性のカードを僕は持っている。

このカードを晒すべきか。

シェフは悔しそうな顔をしながらジョッキに右手を添えていた。

現状に甘んじることなく、1つ上のステージを目指す姿勢を10年以上も続けてきて未だに上がることができないんだ。悔しいに決まっている。

シェフの顔を見て僕は切り札を切ることにした。

「シェフ・・・。今まで黙っていたんですが」

全員の視線が僕に集まる。

「なんだ?」

「確証は持てませんが、僕の彼女の元カレがどうやらミシュランの調査員だと思われます」

「・・・・・・」

秋元が目を丸くして確認する。

「柿本の彼女の元カレが?」

「はい。そうです」

シェフの目玉がギョロギョロ動き、思考を巡らせているのが分かった。

シェフが口を開く。

「なぜミシュランだと分かったんだ?」

僕は彼女から言われたことを全員に説明して、ミシュランの調査員と思われる桜井彰の携帯番号を持っていることを明かした。

全員が黙る。シェフが何かを決断するのを待っているのだろう。

「柿本・・・。」

シェフが僕の目をジッと見つめている。なんだか嫌な予感がする。

「はい・・・」

「1週間休んでいいから桜井彰と直接会って、ミシュランの調査員かどうかを確認してこい」

言わなきゃよかった・・・。

「分かりました」

~~~~~~

みかと春キャベツのペペロンチーノを食べているときに僕はシェフから言われたことを伝えてみることにした。

「今度桜井彰さんと会ってみようと思うんだ」

みかは口をモグモグしながら大きな目を見開いてこちらを見ている。

パスタを飲み込んでお茶を一口飲み言った。

「別にいいよ。私には関係のない人だし」

「一応確認しておいた方が良いと思ってね」

桜井彰についての詳細を聞こうと思ったけど、過去の男をあまり話したがらないと思い踏み込まないことにした。

桜井彰がミシュラン調査員かどうかを確認してこいか・・・

中々無理難題を押し付けられたものだ

桜井彰と面会できたとしても、あなたはミシュラン調査員ですか?と聞いて素直に「はい」と答えてくれるだろうか。

あれだけ秘密を貫いている組織だ。まず無理だろう。

そもそも初対面の怪しい男性と会ってくれるかどうかも微妙だ。

みかの協力は必要不可欠に感じられた。

「なぁ、みか。桜井彰に会わせてくれないか?」

「うーん、会ってくれるかな・・・」

「シェフは僕を19歳のころから面倒見てくれている大恩人なんだ。そんなシェフに恩返しとして三つ星を取らせてあげたい。お店のいち料理人として役に立ちたいんだ」

みかの前でここまで熱く語ったのは初めてだった。

「まぁ、聞いてみるだけ聞いてみようか」

「うん、よろしく」

明日の午後3時みかに桜井彰に連絡をとってもらい、面会の場をセッティングしてもらうことになった。

ミシュラン調査員なら昼や夜はレストランに足を運んで料理の品定めをしているだろうと思い、この時間に連絡を取ることにした。

~~~翌日午後3時~~~

「もしもし彰?みかだけど今話せる?」

「おー、久しぶり、話せるけど・・・」

心臓が早まっている。桜井彰の声は少し高めで人の良さそ印象を感じる。ミシュランで鍛えられているのかもしれない。

「今の彼氏がさぁ、彰と会って話したいと言っているんだ。恋愛のトラブルとかではないんだけど・・・」

「なんの用かわからないのに会うのは嫌だよ。何されるか分からないし・・」

そりゃそうだと心の中で思った。どうやら僕が直接話した方が良さそうだ。

みさに変わってくれとジェスチャーを送る。

「彼氏横にいるから変わるね」

お茶で口を潤してみさからスマホを受け取った。

「はじめまして、天音みささんとお付き合いしている柿本智春です」

「はじめまして、桜井彰です」

硬すぎる挨拶を交わして本題に入ることした。

「僕は都内のフレンチレストランで料理人をしています。そこであなたに聞きたいことがある。あなたはミシュランで働いているのですか?」

3秒ほどの沈黙が流れた。しかし、とても長く感じられた。

桜井彰が声のトーンを落として答えた。

「そういうことでしたか。電話では答えれませんね。是非あなたとふたりでお会いしたい。お食事でもどうですか」

桜井の方からそう来るとは思っていなかったので、僕は考えることもせず答えた。

「僕も会ってお話がしたいです。日程はどうしますか?」

「そうですね。では日曜の午後7時に私の行きつけのお店があるのでそこを抑えておきます」

「はい、よろしくお願いします」

「では午後7時に目黒駅の東出口でお待ちしております。お店は私が予約しておくので。失礼します」

「はい、失礼します」

あちらのペースで話しが進み僕は「はい」と答えるだけだった。

なぜミシュラン調査員だと疑われているというのに、桜井はあそこまで前向きに会食話を進めたのだろうか。

僕の頭に多少の疑問が残ったが、何はともあれミシュラン調査員と思われる桜井彰と直接会うことができるのは僕にとって大きな前進だった。

とりあえずシェフに3日後の日曜日に桜井彰と直接会うことを伝えた。

「本当か!でかしたぞ」

「桜井彰がミシュランの調査員だった場合は何かしらの情報を引き出してくれ」

「そんな簡単に話してくれますかね・・・」

「どんな情報でもいい。どのような料理が三つ星を取りやすいのかだけでも知りたいんだ」

「聞き出せるかは分かりませんが頑張ってみます」

「あぁ、頼むぞ」

電話を切った後どんな質問をしようか考えてみたものの、頭が回らなかった。

それよりも桜井彰はなぜ快く初対面の僕と会ってくれるのかの方が気がかりだった。

僕にはミシュランの情報を少しでも聞き出せるかもしれないというメリットがあるが、桜井彰にとってはなんのメリットもない。

考えるをやめて僕は寝ることにした。

まずは桜井彰がミシュランの調査員かどうかだ。

~~~日曜午後6時50分~~~

目黒駅で初めて降りたが、街並みはとてもキレイで住みやすいだろうなと思いながら桜井彰の到着を待った。

仕事帰りのサラリーマンが足早に駅へ向かったり、お互いオシャレをしているカップルが楽しそうに笑いながら歩いている。

桜井彰がお店を予約していると言っていたが、どんなお店か分からなかったので、一応スーツに身を包んできた。

東出口の階段の近くでキョロキョロしていると、遠くからそれらしき人物が小走りでやってくる。

みるみるスーツを着た男性が僕に近づいてくる。

「柿本さんですか?ギリギリですいません。桜井彰です」

「はじめまして。柿本智春です」

みかの元カレでありミシュラン調査員と思われる男。近くでみると僕より少し背が高い。175センチぐらいだろうか。

年は僕より3つ上の27歳とみかから聞いている。

体はジムで鍛えているのだろう。スーツの腕の部分がパツパツになっている。

顔はどこにでもいそうな顔つきで、魅力的でもなければ、不細工でもない。

この人が本当にミシュラン調査員なのだろうか・・・。

いやしかし、あまりにも魅力的な外見だと変に目立ち調査しにくいのかもしれない。

ミシュランの決まりでもあるのだろう。

「お店を予約しているんで早速いきましょか」

「あ、はい。そうですね」

桜井の選んだお店はフレンチレストランの個室を予約していた。

コースも予め決まっていたらしくドリンクだけをオーダーするとサービススタッフは去っていた。

数秒後さっきのサービススタッフがオーダーしたシャルドネ左手に持ち、右手にはグラスを2つ逆さにしてスタスタ歩いている。

サービススタッフは僕たちのテーブルにグラスを置き、ワインを注ぎ小さな声で「失礼します」と言って去っていった。全ての動きがスマートで見ていて不快にならない。

スタッフが去ったタイミングを見計らって桜井さんが聞いてきた。

「こういうところは初めてですか?」

「いえ、何回かは来たことはあります」

そういえば、僕が料理人ということを言っていなかった。

「柿本さんは料理人ですもんね」

「え、なぜ知っているんですか?」

「私をミシュラン調査員だと思って接触したがっているんだからそれは分かりますよ」

それはそうか・・・。よっぽどの物好きでないかぎり、一般人がミシュラン調査員にお会いしたいと思うことはない。

まだ桜井さんがミシュラン調査員とは限らないが。僕はこのタイミングで思い切って聞いてみることにした。

「桜井さんってミシュランの調査員なんですか?」

桜井さんは僕の目をジッと見てそれから白ワインに視線をそらして再び僕の目を見て言った。

「気が早いですね、柿本さん。まだ前菜も食べてないんですよ?」

「すいません、どうしても気になってしまって」

「そうですか、まぁ、私がミシュラン調査員かどうかをハッキリさせないと話しが進みませんからね」

「私はミシュラン調査員ですよ」

「やはりそうなんですね」

予想通り。ここからは料理を食べながら桜井さんからミシュランの評価に関する情報を聞き出せばいいだけだ。

そんなことを考えていると、桜井さんが僕の考えを見抜いたように言ってきた。

「ミシュランの情報が気になるのなら、ミシュランで働いてみませんか?」

「えっ、僕がミシュランで?」

思ってもいない展開で再度聞き直した。

「悪いですが柿本さん、私からミシュランの情報を外部の人間に話すのは禁止されています」

そりゃそうだ。あれだけ秘密を貫いている組織だ。しかし、ミシュラン調査員と思われる男が近くに現れ淡い期待をしてしまったのが僕とシェフだった。

桜井さんは続けた。

「柿本さん、ミシュランに入社するにはどうすれば良いか知っていますか?」

「いえ・・」

「ミシュランはスカウト制です。ミシュラン職員が直接スカウトするわけです」

「いま僕はスカウトされている訳ですか?」

「はい、そうです」

「柿本さんはミシュランの情報を欲しがっているんですよね。しかし、私はミシュランのルール上柿本さんに情報を流すわけにはいかない。私には家族がいるんです。万が一バレたときは家族を路頭に迷わせることになる」

桜井さんはさらに続ける。

リスクを取るなら自分で取れということか。そして桜井さんは僕にそのチャンスをくれた。

「どうしますか?」

どうしますかと聞かれても僕にだって仕事がある。それにシェフがなんて言うか・・・。

「すいません、少し考えさせてください」

「そうですよね。ミシュランに入社するのならこのチケットを持って2週間後の日曜日午前9時にこの港に行ってください」

「なぜ港に行くんですか?」

「ミシュラン本部はフランスにあります。巨大豪華船でフランスに向かうんですよ。そのチケットは船にのるためのものです」

「なぜ船なんですか?船だと3ヶ月ぐらいかかるんじゃないんですか?」

「はい、2ヶ月間の長旅になります。ですが、のんびり旅行気分を味わえるわけではありません」

桜井さんはワインを少し口に含む

「その2ヶ月間はミシュランの研修期間と思ってください。礼儀やテーブルマナーだけでなくスタイルがスマートでない方は徹底的に絞られます。それに一般的な教養はもちろん英語を叩きこまれます」

「柿本さん、英語の方はどうですか?」

「中学英語くらいなら・・・」

「ややこしい文法などは抑えなくて大丈夫なので、リスニングとスピーキングにフォーカスしてください」

「は、はい」

まるでミシュランに入社することが決まったかのように話しが進んでいく。

「あの、この船って僕以外にもミシュランの研修生が搭乗するんですか?」

「はい、予定では1000人ほどですかね。日本の企業と同じで毎年決まった時期に新入社員が入社することになっています」

「日本企業と違うのは完全なスカウト制で、スカウトされれば研修さえ受ければ合格となっております」

「ミシュラン調査員は1年中レストランを評価する傍ら、人材採用にも力を入れているんですか?」

「はい、そうですよ。細かいことは言えませんが、星付きレストランのスタッフのデータは完璧に網羅していますね」

そう言って、桜井さんはグラスに入っているワインを回しながら香りを嗅いで口に含んだ。

「僕にも仕事があるんでシェフと相談させてください」

「もちろん。柿本さんと一緒にレストランを回れることを期待しています」

「はい」

内容の濃い会話を終えてから前菜がやってきた。

オマール海老のテリーヌ。豪華な料理だ。ただ、桜井さんからの突然のスカウトで気が動転していたのか味が全く感じられなかった。

~~~~~~~~

桜井さんとの会食を終えて帰宅しているとき、僕はずっとミシュランのことを考えていた。

ミシュランに就職するとなると、当たり前だがレストランは辞めなければならない。

シェフに相談したら何て言うだろうか。子が実家から出ていくと親が寂しがるようにシェフも寂しがるだろうか。

それとも背中を押してミシュランとのパイプを作るだろうか。

入社してシェフにミシュランの情報をリークして万が一バレるようなことがあればどうしよう。

考えれば考えるほど不安が出てくる。

とりあえず、帰宅してからシェフに桜井さんとの会食で分かったことやスカウトされたことを報告することにした。

僕はまだミシュラン調査員ではない。レストランShiraiのスタッフだ。

~~~~~~~~

「お疲れ様です。柿本です」

「おう、おつかれさん」

忙しかったのかシェフの声からは力を出し切った後のような清々し感じ取れる。

「桜井彰と本日会食に行ってきました」

「そうか、それで?」

「やはりミシュラン調査員でした」

「ほうほう。なにか有力な情報は手に入ったか?」

「いえ、ミシュランの情報を外部の人間に漏らすことは禁じられているそうです・・・」

「まぁ、そうだろうな・・・。そんなうまい話が転がってくるわけないわな」

シェフは少し残念そうに鼻で笑った。

「それとなんですが・・・」

「他にもあるのか?」

シェフの声が何かを期待している声に変わった。

「ミシュランからスカウトされました」

「誰が?」

「僕がです。桜井彰から一緒に働かないかと言われました」

「・・・・」

沈黙が流れる。頭の中で何かを計算しているのだろう。

「柿本」

「はい・・・」

「ミシュランで働いてこい。そして情報をオレに流してこい」

やはりそうきたか・・・。でも情報を外部に流すのは禁止されている。

「シェフ・・、ミシュランの内部情報を外の人間に流すのは禁止されているんです。バレた時どうなるか・・・」

「バレたときはまたオレの店で雇ってやる!行って来い!」

「そんな・・・シェフ・・・、僕にそんな勇気ないですよ」

「大丈夫だ。お前はあくまでも家の社員だ。ミシュランにスパイとして忍び込め」

「は、はい。分かりました」

そして僕はミシュランに入社することになった。

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