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小説:狐021「ヘチマ」(972文字)

「ウリ科の一年草。インド原産です。ちなみにヘチマという和名は、まあ諸説ありますが、漢字の糸瓜に由来します。いとうり。これが縮んで、“とうり”。このと、は、いろはにほへ“と”ちりぬるを、で分かるように“へとちの間”にありますよね。だからヘチマ・・・。この説が有力ですね。
 ちなみに、ヘチマの花言葉は“悠々自適”で……」
 その後もマニさんの蘊蓄は続いた。私は2杯目のビールに突入していた。球体の氷がカラリと音を立てた。

 一通り喋り終えてスッキリするマニさん。そこでエロウさんが、
「なるほどー。で、“ヘチマの時代”についてはマニさんの頭の中にも無かったわけよね」と少し意地悪な口調で語る。泳がせておいて狩る。そんなイメージを抱いた。
「認めたくないですが、その通りです」と少しキレ気味で言って、下を向く。

「ここからはもう情報とかそういうことじゃなくて、想像だね」とエロウさん。

 店内では勝手な憶測が飛び交う。
「ヘチマって何かの象徴なのかな?」
「お風呂で体を洗うときに使ってたって言うよね?」「それが何?」
「植物の時代ってことかなあ」
「安易だよ。ヘチマは植物の代表格じゃないだろうし」
「本当は宇宙はヘチマみたいな形をしているのでは?」
「それはヒトエさんに訊かないと分かんないね」
「ヒトエさんでも分からないでしょ? 確かめるの大変そう」
 あいにく今宵の『狐』にヒトエさんはいない。

「アレじゃねえか? “〇〇もヘチマもない”って言うよな。コレじゃねえか? なあ、ナリさんもそう思うだろ?」
 ふいにスミさんが発言する。急に振られてたじろぐ。笑ってごまかしておく。
 皆は呆れているがしかし、私にはスミさんの話は響いていた。“その〇〇を取り沙汰すのはナンセンスだ”、“そんな取るに足らないことを引き合いに出すな”、みたいなことを述べる場合の慣用句だ。
 そういう時代? 全てを無化するものの象徴としてのヘチマ? つまり“ヘチマの時代”というのは、全ての言説や情報がゼロになるような時代を言うのだろうか? 情報が飽和して100になり、その結果として0に戻る? 
 すなわち“情報の時代”の揺り戻しとしての“ヘチマの時代”? まあ深読みだろうな。

 こんな風に不確かなことについて想いを巡らすという、はかなくて小さいエンターテインメントでその日の『狐』も更けていった。

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