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小説:狐

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『狐』 ジブラルタル峻 作 2024年2月6日、30投稿にて完結。
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小説:狐017「シンジさん」(621文字)

「マスター、久しぶりー。カルーアちょうだい」  その声を聞いてマニさんが分厚い本から視線を上げる。 「シンジさんじゃないですか」 「やあマニさん、みんな! あとそっちのお嬢さんたちは新顔だねー」  シンジさんはいつも外向的だ。ハンチング帽を被っている。年齢的にはスミさんよりも上だと思う。年金暮らしで旅行が趣味らしい。それ以上のことは知らない。その点では常連客の中ではかなり疎遠な方だと言える。  お嬢さんたち、と呼ばれた二人の“非”常連客は軽く会釈をする。赤いセルフレームメガネ

小説:狐020「本当の怖さ」(708文字)

「シンジさんの話だけどさぁ」  エロウさんがレッドアイを飲みつつ喋る。 「定食屋のエピソードのほうが怖かったな。アタシにとっては」  シンジさんとしてはどうでもいい話だったのだろうが、確かに気になる。だいたいこんな話だった。  *  その定食屋に入るシンジさん。常連と思しき中年男性が一人、カウンターで肉野菜炒め定食を食べている。彼がシンジさんに語りかける。 中年男性「あんた、見慣れないねえ。東京から来た? あ、そう。あのね、新しい時代に入ってるからね」 シンジさん「新し

小説:狐021「ヘチマ」(972文字)

「ウリ科の一年草。インド原産です。ちなみにヘチマという和名は、まあ諸説ありますが、漢字の糸瓜に由来します。いとうり。これが縮んで、“とうり”。このと、は、いろはにほへ“と”ちりぬるを、で分かるように“へとちの間”にありますよね。だからヘチマ。この説が有力ですね。  ちなみに、ヘチマの花言葉は“悠々自適”で……」  その後もマニさんの蘊蓄は続いた。私は2杯目のビールに突入していた。球体の氷がカラリと音を立てた。  一通り喋り終えてスッキリするマニさん。そこでエロウさんが、 「

小説:狐022「リスティーさん01」(857文字)

「リスティー先生、こんばんは!」  そう切り出したのはアーマーさんだった。 「ハイ。こんばんは、アーマー先生。ハイ」  とリスティーさんがにこやかに応じる。  先生? アーマーさんも先生なのか? 互いが互いを先生と呼んでいる? 「ハイ、皆さん。最近痩せたと思いませんか? ええ、アーマー先生にいわゆるパーソナルトレーニングを施してもらってます」  と笑みを浮かべるリスティーさん。ハイ、という口癖が今日も気になる。聞いている側としては無くてもいいものだが、話者としては必要なバッフ

小説:狐023「リスティーさん02」(908文字)

「ハイ。いいですか? まずですね、人はランダムな行動の総体なんです。  “自分のことは自分が1番分かっていて、自分を自分がきっちり制御している”  多くの人はこのように思っていますが、それは誤りです。  この得体の知れない“自分”の中を分析していきましょう。するとどうでしょう?  ハイ。カオスです。カオスなんですよね」  ここでリスティーさんはライムサワーを飲む。なぜかライムサワーである。アルコールを知り始めた大学生が飲みがちなものとしてのライムサワー。あるいは、とりあえず

小説:狐024「ボウリング」(1006文字)

 ゴロゴロゴロゴロー…… ガッシャーン! 「っしゃー! ストライク!! どんなもんだぁ」  スミさんに誘われボーリング場に来てみた。平日の夜なのでかなり空いている。大学生風の男女混合グループが一組。一番端のレーンには一人で黙々と投げ込んでいる男性ボウラーがいる。 ……先日の『狐』にて。スミさんが、 「久々にボウリングしてえなあ。今度みんなで行ってみねぇか?」  と思いつきで発言する。それに快諾したのが私と意外にもヒトエさんだった。  ヒトエさんは、スミさんとハイタッチし