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生姜焼き定食


「オヤジさん!生姜焼き定食ねぇ!」

「あいよっ!」


家の近所の定食屋。
いつも行くが、これまた客がいない。ほとんどいない。
たまに先客いると、おっ!てなる。お!って。
ガラガラガラと引き戸を開ければ、オヤジさんはいつも新聞を読んでる。
この店に向上心はまるで見られない。

何度も来てる常連というのもあって、オヤジさんとは結構話すし仲が良い。
店は小さく、カウンター10席。
テレビの音が流れるだけで、これと言って見る所もない。
テレビはいつもマラソンのシーン。
え?録画?DVD?
そんな疑問を抱くも数秒後には忘れている。
ちなみにだがDVDデッキは置いてない。

壁は汚れたクロスに、手書きのメニューが書かれてるだけでいたって殺風景。
入口の棚には、大量のマンガ本が羅列しているが、手に取るまでは心が動かない系のジャンルが多い。
だから私は、そんなに読みたくもない「ゴルゴ13」に手を伸ばす。
ペラペラと開くと、だいたいの確率でエロシーン。
金髪の女とゴルゴがバックしてるシーン。
そしてゴルゴは最中にもかかわらず電話する。
おい、すげー器用だな。効率最優先。でもどっちかひとつに集中して欲しい。

ゴルゴはどのページ見ても真顔。
ページめくる。
真顔。
ページめくる。
真顔。
こんな奴普通いないだろ?いやいやマンガだから。
その繰り返し。
それでも読んじゃうゴルゴ13
やはりロングセラーには理由があるようだ。
エロシーンを読み終わってしばらくすると
いつも生姜焼き定食は登場する。

数日後…

またここへ昼食を取りに来た。
え?えーー!?
超混んでいる。なんと満員御礼。
私は人とすれ違う時に同じ方向に行って、気まずい感じになるくらい動揺した。
店が混んでるだけで私の心を揺さぶらないでほしい。

しかも余裕の表情でいつも新聞を読んでるオヤジさんの表情が
今日はあきらかにテンパッている。オデコのシワがいつもよりも数本多い。
そしてあの狭い厨房を小走りしてる。
私はやっと空いたカウンター席に座り、いつも通り注文をしてゴルゴ13を読む。

「良かったなオヤジさん…。」

私は心の中でそっと呟いた。
しかし、そんな心の温まるストーリーも束の間。
ゴルゴ13も中盤に差し掛かっている。
おかしい、生姜焼きがいつものタイミングでなかなかこない。
そりゃそうだ。今日はいつもと違う。なんてたって混んでるんだから。
しかし、されど待てど、何も来ない。
あまりにも遅いので、私はオヤジさんに柔らかい口調で言葉を放った。

私「オヤジさん忙しいのにごめんだけど、生姜忘れてないよね?」

オヤジさん「え?あっあー。すいませ~ん!もうちょっとです!」

私は見逃さない。忘れてたな。
再び、時は川のせせらぎのように流れた。
「ゴルゴ13」もそろそろ終盤にさしかかってる。
ゴルゴはまだ真顔。やはりロングセラーには理由があるようだ。
私よりも、あとから来てる人達が食べ終えていた。
私はゴルゴから視線をズラし、オヤジさんの顔を眼光炯々と貫いた。
か、完全に忘れてるくせぇ。
とうとう 堪忍袋の緒が切れた。
満腹中枢が満たされてないと、こうも人の感情は不安定になる。

待て。ジャンマルコ。待つんだ。
今日のオヤジさんは久しぶりの満員御礼でパニクっているんだ。
心の中はきっと両手広げてスキップしまくりなんだ。
今日はオヤジさんの気持ちを尊重しよう。
私は上げた腰を下ろし、母なる大地のような面持ちで、彼の解答を待った。

数分後…

「遅くなってすいませーん!!お待たせしました!!」

オヤジさんと目が合った瞬間、これまで溜め込んでいた感情が溢れそうになり涙が出そうになった。いや、それは大袈裟に言った。
やっと来た。求めてたものが来た。出会いはスローモーション。
オヤジさんがまるで、少年から大人に変わる徳永英明のようだ。
君の手を取り、一緒に大地を駆け抜けたい。
オヤジさん…ありがとう…。
そして私は、目の前に置かれた定食に目を向けた。

ボヨヨヨヨヨ~~~~~ン!!! !

「さんま定食」だった。


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