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五十嵐貴久【エッセイ】『奇跡を蒔くひと』刊行に寄せて

9月22日、五十嵐貴久さんの新刊『奇跡を蒔くひと』が発売されました。
刊行に合わせて寄稿いただいた著者エッセイを紹介します。

『奇跡を蒔くひと』刊行に寄せて 

五十嵐貴久

 二〇二〇年の九月「四億の赤字を抱えた三重県の小さな市民病院の再建物語」を書くつもりで、三重県志摩しま市でひと月暮らし、志摩市民病院の実態を取材した。

 毎日病院に通い、医師、看護師はもちろん、地域連携室、理学療法士、介護施設、ボランティア、市役所の担当者や研修生、その他大勢の方に話を聞いた。取材ノートには百人以上の名前が残っている。

 医療現場を支えている方々の言葉は重く、小説の内容は単なる病院再生サクセスストーリーではなく、医療行政の問題にまで広がっていった。

 素人が何を言うかと思われるかもしれないが、素人だからこそおかしな現実に気づくことがあるのは、寓話「裸の王様」でもおなじみだろう。

 どうやらこの国の偉い人たちは「生産性のない高齢者」を切り捨て、命の選別を始めているようで、資料を読んでいると「生産性のない高齢者」代表の私としては、背筋が凍るほどの恐怖を感じたものである。

 ディストピア小説が現実になる瞬間に、私たちは立ち会っているらしい。リアル高齢者である私の不安は多くの方々にも共通するはずで(何しろ高齢者が三分の一を超える現実が日本という国の実態なのだ)、その辺りを理解した上でお読みいただきたいと願っている。

 そんな絶望の中に、ひと筋の光があるとすれば、それは医療現場で働く方々の「誰ひとりとして取りこぼさない」という意志で、私は志摩で「奇跡という名の光」をはっきりと見た。

 本書では、閉塞へいそくされた現実を打破するため、懸命に努力を続ける医師とスタッフたちの戦いを描いた。

 終わりのない戦いに身を投じ、今も最前線で人々の命を守っている方々に、心からの感謝と敬意を捧げたい。

《小説宝石 2022年10月号掲載》


▽『奇跡を蒔くひと』あらすじ

年間4億円の赤字を理由に、地方小都市の市民病院は消滅寸前。勤務医が辞めていく中、34歳の青年医師、速水隆太は院長に名乗り出た。彼の想いと行動力は巨大な敵を相手に奇跡を起こせるか!? 実話を元に描く、医療のために戦い続けた者たちの物語!

▽著者プロフィール

五十嵐貴久 いがらし・たかひさ
1961年、東京生まれ。2001年『リカ』で第2回ホラーサスペンス大賞を受賞してデビュー。幅広い作風で映像化も多数。著書に『PIT特殊心理捜査班・水無月玲』『バイター』などがある。


▽『小説宝石』新刊エッセイとは


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