【新刊エッセイ】田中啓文|ご無理ごもっとも引きうけます
ご無理ごもっとも引きうけます
田中啓文
「鷺を烏と言いくるめる」という言葉がある。真っ白な鷺を見てお殿さまが「あれは烏じゃな」と言うと家臣は「さようでございます」と言わねばならない。「ご無理ごもっとも」というやつだ。そういう無理難題の解決を引き受ける時代小説はどうかな、と思ったのが本作『白鷺烏近なんぎ解決帖』を書くきっかけである。
私が好きなエドワード・ホックの連作短篇に「怪盗ニック」というシリーズがある。ニックは「盗む価値のないもの」を高額の報酬と引き換えに盗む泥棒だ。「こんなしょうもないものをニックに盗ませるのは依頼人にどういう理由があるのか」というのが読者にとってのホワイダニットになり、そこが読ませどころなのだ。ニックシリーズのタイトルはたとえば「プールの水を盗め」「弱小野球チームを盗め」「シルヴァー湖の怪獣を盗め」「サーカスのポスターを盗め」「シャーロック・ホームズのスリッパを盗め」「競走馬の飲み水を盗め」「使用済みのティーバッグを盗め」……などなどでタイトルを読んだだけで面白そうなものばかりである。正直、タイトル先行で考えているような気がする。
さすがに「怪盗」にしてしまうとパクリだと叱られてしまいそうなので、どんな無理難題でもこじつけや頓知で解決する人物を主役にすることにした。タイトルは「川の流れを逆にしろ」「人魚の肉を手に入れろ」「金のシャチホコを修理しろ」「座敷童子を呼び戻せ」「自分の声を後世に残せ」の五作品となった。
じつは主人公がボロボロの屋形船に住んでいるという設定はドラマ「ロックフォードの事件メモ」で主人公がトレーラーハウスに住んでいることからの連想であります。
というわけで、主人公白鷺烏近が相棒のありがた屋与市兵衛、手妻使いのお紺とともに無理難題をいかに解決するか、楽しく読んでいただければ幸いであります!
《小説宝石 2023年8月号 掲載》
『白鷺烏近なんぎ解決帖』あらすじ
江戸時代の大坂は淀屋橋のたもとに「ご無理ごもっとも始末処」の看板を掲げる男・白鷺烏近。烏近にかかれば客の持ち込むなんぎな依頼も愉快、痛快な頓知の曲芸でパッと解決。あっといわせる人情事件帖。
著者プロフィール
田中啓文 たなか・ひろふみ
1962年大阪府生まれ。ミステリー、ホラーなど多彩なジャンルで作品を発表し、時代ミステリーの本作をはじめ巧みな語り口の時代小説も多い。
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