「クナシリ」|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作 #01〉
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文=稲田豊史
ドキュメンタリーの新規性が「撮影対象のレア度」と「視点の目新しさ」で測られるなら(実際、測られることは多い)、「クナシリ」の新規性はかなり高いと言えるだろう。本作は、今まで実態が知られることのなかった北方領土のひとつ、国後島にがっつりカメラを入れ、それを〝旧ソヴィエト連邦生まれ、フランス在住のドキュメンタリー作家(日本人からすれば目新しい視点の外国人)〟が回した。希少性同士の掛け算としては申し分ない。
その掛け算が何を見せてくれるかと言えば、高度な政治的緊張や秘された雄大な自然……などではなく、「うわ、汚ったねえ島」というトホホな残念感だ。
インタビューに応える何人かの島民たちは「日本人と共存したい」と希望する。そうしないと島の経済が発展しないからだ。もし日本の「報道特集」(TBS系)取材班あたりがこのような島民の声に遭遇したら、嬉々として「ロシア政府の考えとは裏腹に、島民は日本人に来てもらいたがっている」という、日本人が受け入れやすい「視点」を設定するに違いない。
しかし日本人でもなくロシアで暮らしてもいない本作の監督は、そうしない。荒涼としたゴミ溜めのような島を淡々と映し、打ち捨てられた土地の惨めさをただただ記録し続ける。政府関係者は「我々はこの土地に観光業を発展させたい」と言うが、その割には具体的に動いている気配がない。とにかく島に魅力がない。生気がない。画面は最初から最後までずっと〝サムい〟。
犬を見て「かわいい」と言う文化圏もあれば、「うまそう」と言う文化圏もあり、そのギャップはそれ自体が見世物になりうる。その意味で、「日本人に馴染みの題材を外国人が撮るドキュメンタリー」は見世物として成立する可能性が高い。本作もそのひとつに違いないが、見世物にしては気分が全然アガらないのはご愛嬌。
《ジャーロ NO.80 2022 JANUARY 掲載》
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