【新刊エッセイ】窪 美澄|暗闇を見つめて
暗闇を見つめて
窪 美澄
団地という場所に住んだことがないのに、どうしようもなく惹かれるのは、自分と同じくらいにくたびれて見えるせいかもしれない。場所によっても異なるだろうが、東京なら多摩ニュータウン、その団地群ができ始めたのは、昭和四十年代だという。ほぼ自分の年齢と重なる。今なら小綺麗にリフォームされ、再生されている団地もあるから一概には言えないのだけれど、どんなに綺麗に生まれ変わっても、長い年月を経た建物の持つ重み、というのは、にじみ出てくるものだし、私はその雰囲気にノスタルジーに近い感情を抱いているのかもしれない。
どこかに団地の登場する小説を、と設定を決め、連作短編として紡いでいった。執筆していたのは、コロナ真っ盛りの時期。この連作短編にどこか鬱屈したものを感じるのは、もしかしたら、「ステイホーム」が声高に連呼されていたせいかもしれない。だからこそ、明るい物語を、と私も思ったし、実際にそういう物語もいくつか書いた。けれど、人間、光の当たる場所だけでできているわけではない。五十年以上も生きていれば、最後の最後にかすかな光や希望が見えないことが多いことを知っている。この本に収められた作品のほとんどがバッドエンドだけれど、そうしたシーンを書いていてどこか小気味よさを感じていたのも確かだ(読んでいる方にもそう思っていただければありがたいが)。
タイトルの『ルミネッセンス』とは、「物質が吸収したエネルギーの一部、または全部を光として放出する発光現象」という意味を持つ。「冷光」とも呼ばれるらしい。自分でつけたタイトルだけれど、その意味を理解しているとは言いがたい。どの作品のタイトルも明暗を意味するものを選んだが、目も眩むような明るい光ではなく、うす暗さを孕んでいる。生きていくということは、自分のなかの暗闇をも見つめること。そう思うことで、人生が生きやすくなることもある。そんなことを感じていただければうれしい。
《小説宝石 2023年8月号 掲載》
『ルミネッセンス』あらすじ
低層の団地群を抱くその町は寂れていた。商店街にはシャッターが目立ち、若者は都会に去っていく。その土地で人びとが交わすどこか歪な睦み。終着点は見えている。だから、一瞬の輝きに焦がれた。直木賞作家のダークサイドで染め上げられた連作短編集。
著者プロフィール
窪 美澄 くぼ・みすみ
1965年、東京都生まれ。2009年R-18文学賞大賞を受賞しデビュー。『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞、『夜に星を放つ』で直木賞など多くの文学賞を受賞。近著に『夜空に浮かぶ欠けた月たち』など。
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