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『チョコレートな人々』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第7回】

★前回記事:連載第7回 ドキュメンタリーとして観る『水曜日のダウンタウン』(後編)

文=稲田豊史

 配信に降りてこない、DVD化もされないことで知られる「東海テレビドキュメンタリー劇場」と言えば、過去に『ヤクザと憲法』や『さよならテレビ』といった物議を醸しまくった問題作で知られるドキュメンタリーブランドだ。その最新作は「障がい者やセクシャルマイノリティも働ける、ダイバーシティでインクルーシブなチョコレート屋の話」。ふむ、「いい話」には違いない。が、今までの攻めたテーマからすると、随分と和み系に日和ったもんだ――などと早合点してはいけない。エッジィでパンク、脳天をガツンとやられる劇薬のような代物である。

 そのチョコレート店「久遠チョコレート」の代表・夏目浩次氏は、小学校時代にクラスメートのダウン症の子をいじめていた、とカメラの前で告白する。この本気懺悔が、すべての出発点だ。「企業の障がい者雇用」というアクションとセットで語られがちなSDGsだの、社会貢献だの、ボランティア精神だのといった生ぬるいワードは一瞬で吹き飛ばされる。この破壊力。

 また本作は、障がい者の労働に関する恐ろしい事実も晒していく。一般的な作業所の賃金は月に数千円程度。単価数十円の単純作業を淡々とこなすのみ。そこにはやりがいも尊厳も見当たらない。

 費用対効果、効率性、生産性、合理性が「すべて」の資本主義社会で、彼らは社会から完全に〝除外〟されてしまっている。これは紛れもない事実だ。夏目はそこに真っ向からカウンターを仕掛ける。障がい者にも、県が定める最低賃金以上を支払おうとするのだ。

 ただ現実として、事実として、障がい者の仕事の〝生産性〟は健常者より低い。あるいは、健常者並みの〝生産性〟を発揮できるようになるまでには、相当な時間を要する。また、健常者であれば必要のない設備投資や配慮も必要になってくる。

 綺麗事ではない。障がい者を雇うには〝コスト〟がかかるのだ。経営者はそこを避けて通れない。本作はここにも目を逸らさず切り込んでいく。夏目の信念だけでなく、経営者としての苦悩も捉える。「障がい者が幸せそうな表情で働いている絵が美しい」類いの感動ポルノとは、一線を画す。

 凄いのは、綺麗事ではない事実を抉るように描きながら、本作がとてつもなく「綺麗」なドキュメンタリーに仕上がっているということだ。現在48歳の筆者は、こんなに綺麗なものを見てまだ泣けるだけの感性が残っていたことに、驚きを隠せなかった。否、このクソみたいな社会を嫌というほど見てきたからこそ、社会の「当たり前」をOSごと書き換えようとする夏目の心意気にやられてしまった。

 健常者は、たまたま健常者に生まれてきただけだ。それは努力の結果ではない。である以上、健常者はこの映画で描かれている事実に、人として向き合う必要がある。こればかりは理屈じゃない。費用対効果や効率性や生産性の物差しを持ち込んでいい場所ではない。そこに合理的な説明など必要ない。「人として」で説明は十分に足りる。

 たった102分の視聴体験でアラフィフ男にそこまで言わせる、その覚悟と胆力。「秀逸なドキュメンタリーは、人々が普段から見慣れている事象や被写体にまったく新しい視点を設定し、今まで及びもつかなかった『見方』を提示してみせる」(前号本文より)を地で行く、会心の一作だ。

『チョコレートな人々』
2022年/日本
プロデューサー:阿武野勝彦
監督:鈴木祐司
2023年1月2日(月)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
製作・配給:東海テレビ
配給協力:東風
©東海テレビ放送

《ジャーロ NO.86 2023 JANUARY 掲載》

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