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ジャーロ ブックレビュー【注目作ピックアップ・2022年9月~10月】

文=山前 譲

秋といえば読書

 読書を楽しむためにはもちろんその対象となる書籍と、それを書き上げた著者の存在が前提である。ただ、作家志望者は多いようだから、需要と供給のバランスが崩れることは当分なさそうだ。免条剛めんじょうごう『小説作法の殺人』(祥伝社)は小説講座での出会いがベースにある。

 私立探偵の常念が若い女性、麻川真理ノーマからの依頼を受ける。友人の藤堂理沙が自室で亡くなったのだが、警察は犯罪の要素なしと判断した。それに怒った理沙のパトロンの代理として、通称マリが常念のもとを訪れたのだ。マリは理沙と新宿の小説教室で知り合った。「失踪」と題された理沙の小説が、断片的に引用されていく。

 その理沙の死の謎を探って、常念とマリの旅が始まる。神戸、大阪、石垣島、京都、明石、また大阪などと探偵行はじつにアグレッシブだ。果てにはマリが誘拐されたりもする。理沙の死にはやはり何か大きな謎があるようだ。しだいに彼女の出自に謎が絞られていくが、探偵役のふたりが訪れた街とそこに住む人々が活写されていて、旅に飽きることはない。はたして理沙とは何者なのか。最後の最後まで楽しめるはずだ。


 ミステリーとして紹介するのは間違っているのかもしれないが、ミステリーに相通じるところのある究極のテクニックが展開されているのは短編集の似鳥鶏にたどりけい『小説の小説』(KADOKAWA)だ。冒頭のまえがきで作者はこう宣言している。〝本書は「メタ・フィクション」という、一部のオタク以外には覚えのないジャンルだからです〟と。小説の約束事から外れた大胆な仕掛けがちりばめられている。

 第一話の「立体的な藪」は一番ミステリーに寄り添った作品だ。人里離れた宿で名探偵が死体に出くわしてしまった。警察との対応などを考えると実に憂鬱である。それでも名探偵は警察が駆けつけるまでに状況を分析する。そこはライダーハウスで、死体と名探偵のほかにはふたりの宿泊客しかいない。どちらかが犯人だ。しかし、密室状況とアリバイがそれを否定する。不可能犯罪! そこには予想もつかない展開が待っている。

 つづく作品でさらにメタ・フィクションの趣向が展開されていくのだが、カバーにふた通りの読み方ができる短編が印刷されていたりと、この一冊を仕上げるのにどれくらいの時間を労したのだろうかと心配してしまう。


 帯に〝ミステリー史上初の伝説級トリックを見破れますか?〟と書かれていなければ、藤崎翔ふじさきしょう『逆転美人』(双葉社)は途中で投げ出してしまったことだろう。なにせ最初の二百数十頁、一九八三年秋に生まれた女性が、美人だったが故にこんな不幸な目に遭ったという手記を読まされるのだから。

 小学校低学年には三回誘拐されそうになった。小学校では先生にブルマを盗まれるが、その先生の評判がよかっただけに彼女が非難されてしまう。ある男子が彼女を好きだと言ったせいで、友情が壊れてしまう。高校を中退してからのアルバイト、たった一、二時間で辞めた秘書、すぐにナンバーワンになったキャバクラでも不幸の連続だった。なんとか良き夫に巡り会ったのに、二〇二二年夏、とんでもない事件が起こってしまった。

 その手記には追記が付されている。もちろんミステリーだからそこでどんでん返しがあるのだが、もうひとつ作者は巧妙な仕掛けを試みている。帯に〝紙の本でしかできない驚きの仕掛け!〟と書いてしまったのは、ちょっと勇み足だったかもしれないが、あの作品とはまた違った作者の発想が楽しめる。


秋といえば学び

 いわゆる士業は資格を得るのにかなり勉強しないといけないだろう。なかでも知的財産に関する専門家の弁理士は、合格率が十パーセントに満たないというのだから難関だ。南原詠なんばらえい『ストロベリー戦争』(宝島社)はその弁理士である大鳳未来の活躍の第二弾である。

 タイトルにあるようにテーマはいちごだ。クライアントは宮城県のいちご団地で、これから新しい品種である絆姫を出荷しようというとき、日本有数の総合商社から商標権侵害の警告書が届いたという。それを無視して出荷すれば、損害賠償を請求される。かといって出荷できなければこれまでの投資が無駄になる。そこで相談されたのが大鳳なのだ。

 早速彼女は北へ向かう。絆姫のこれまでにない味わいにすっかり魅せられたこともあって、さまざまな手段でその警告書と闘う。マスカットや松阪牛など、海外では商標権を巡るニュースがたびたび報じられてきたが、ここではいわば先物買いである。一般的には商標は早い者勝ちだ。二十を登録してそのうちひとつでも当たれば、と考えても無理はない。はたして大鳳はどんなテクニックを? それはまさに大どんでん返しだ。


 とりたててウォッチングしているわけではないが、テレビのクイズ番組はずいぶんと様変わりしているようだ。勝ち抜くためには、単純な知識量だけではなく、色々なテクニックが必要らしい。そんなことを学べるのが小川哲おがわさとし『君のクイズ』(朝日新聞出版)だ。

 第一回『Q―1グランプリ』のファイナリストとして、三島玲央はテレビスタジオの解答席に立っていた。七問先取の短文早押しクイズで、賞金は一千万円である。対戦相手は東大医学部の四年生で、「世界を頭の中に保存した男」などと呼ばれている本庄絆だった。その日は絶好調でいち早く六問正解したが、追い上げられて並ばれた。そして次の問題――本庄は問題文が一文字も読まれないうちに早押しボタンを押し、正解してしまう。そんなことがあるだろうか。

『Q―1グランプリ』や本庄が過去に出演した番組を細かく分析して、その謎に迫ろうとする三島である。その分析でクイズの概念が変わるかもしれない。問題を考える側と解答者との、また、解答者同士の心理戦が展開されているのだ。もちろん、作中にちりばめられているさまざまなクイズも楽しめるだろう。


 石持浅海いしもちあさみ『高島太一を殺したい五人』(光文社)の高島学習塾は、訳ありの子供を指導し、成功に導いて評価されていた。その塾の五人の講師が、群馬県の研修所で発見したのは意識を失った塾長の息子、高島太一だった。じつはその五人、彼を殺そうと研修所に向かったのだが、思いがけない事態に戸惑う。

 高島太一は殺人犯だった。夜間に出歩く子供たちを狙った殺人事件が発生していたが、彼はその犯人が塾生の枝元絵奈と知ってしまう。そして新たな犯行に及ぼうとしていた彼女を殺したのだ。その犯行を密かに目撃していたのが五人の講師で、それぞれに太一に対して殺意を抱き、それぞれに犯罪工作を練って研修所を訪れたのである。

 講師らの腹の探り合い、そして太一がなぜこんな形で倒れているかについて、作者ならではのロジックが展開されていく。太一がまだ生きているかどうか定期的に確認する場面や、それぞれの犯行計画を吟味するところなどは喜劇的でもある。翌日には塾のサマースクールがあり、タイムリミットのサスペンスもたっぷりだ。デビュー20周年を記念するのにふさわしい作品である。


秋といえば旅

 たとえメインの目的が観光であっても、途中から暗雲が立ちこめるのがミステリーの旅である。歌野晶午うたのしょうご『首切り島の一夜』(講談社)は、四十年ぶりに修学旅行を再現した同窓会をするため、かつての先生と高校生が訪れた島で殺人事件が起こっている。

 深夜、修学旅行生を乗せた列車のトイレで、引率の教師の死体が発見される。その死体には首がなかった! ショッキングな発端は、実は再現修学旅行に参加した久我が高校時代に書いた小説だ。しばらくは参加者の思い出話がつづく。ロックや映画に興味があればかなり楽しめるだろう。その三日目に訪れたのは、周囲五十キロの弥陀華島である。絶海の孤島というわけではなく、携帯電話は通じるし、警察官も駐在している。ただ、荒天によって隔絶されてしまっただけのことだ。

 宿で何か事件が起こったらしい。そこで構成は一転して、参加者それぞれの物語となる。過去が彼ら彼女らの内面をえぐり出していく。何か仕掛けられているのではないかと思ってしまうのは、この作者なら当然だ。そして、おどろおどろしいタイトルとは裏腹にどこかセンチメンタルな物語となっているのは、やはり同窓会というイベントのせいだろうか。


 旅はやっぱり鉄道に限る。そう断言する人は多いに違いない。鵜林伸也うばやししんや『秘境駅のクローズド・サークル』(東京創元社)は短編集だが、表題作で秘境駅を訪れているのはT大学鉄道研究会だから、普通の鉄道の旅とは趣がちょっと異なる。

 秘境駅があるのは四国の土讃線で、スイッチバックとなっているのだから一石二鳥の旅だ。ゴールデンウィークにもかかわらずその駅を訪れたのは、七名の研究会のメンバーだけだった。各人それぞれに秘境駅を楽しんでいたところ、近くの廃屋で死体を発見してしまう。殺されていたのは研究会のメンバーのひとりだった。警察に連絡するも、さすが秘境駅である。到着までにはかなり時間がかかりそうだ。謎解きの開始である。

「夢も死体も湧き出る温泉」は謎解きだけでなく温泉好きも楽しめるだろう。河原の「手掘り温泉」が有名な温泉が舞台だ。女性の人気YouTuberがそれを楽しんでいる動画をアップした。にわかに観光客が押し寄せるが、なんとそこで死体が発見される。ひょうひょうとした温泉好きの探偵役のキャラクターがユニークだ。ほかの三編は旅とは関係ないが、いずれも論理的な推理が堪能できる。


 岡山経済界の巨星、西大寺吾郎がこの世を去った。葬儀の翌日、遺言状が開封される。ところがそこに入っていた便箋で、遺言状の開封には、吾郎の妻と三人の子供たち、吾郎の妹、そして消息を絶っている甥が揃うこと。開封場所は斜島にある別荘と指定されていたのだ。『犬神家の一族』を思わせる東川篤哉ひがしかわとくや『仕掛島』(東京創元社)は、奇妙な建築物のある島が舞台である。

 その島へは、開封に立ち会う弁護士の矢野沙耶香、甥と彼を捜し出した私立探偵の小早川隆生、そして四十九日の法要を行う住職も向かっているが、とにかく沙耶香と小早川の掛け合いが面白すぎる。横溝作品の雰囲気は全くない。遺産相続なんてどうでもいい! などと言ってしまいそうである。

 ただ、事件はやっぱり起こるのだ。相続人のひとりが死体となって発見され、嵐で外界と隔絶され、奇怪な出来事が――。西大寺一族に何か秘密のあることも分かってくる。圧巻なのはタイトルの意味だろう。これには驚かされた。そして、弁護士と私立探偵のハイテンションな掛け合いがラストまでつづくのもじつに楽しい。謎解きとは関係ないけれど。

《ジャーロ No.86 2023 JANUARY 掲載》



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