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『ジェンダー・クライム』天童荒太&『なれのはて』加藤シゲアキ|Book Guide〈評・三浦天紗子〉

文=三浦天紗子


『ジェンダー・クライム』天童荒太

女性への差別意識が、性犯罪の養分だ

 その性ゆえに軽んじられ、向けられる憎悪から生まれる性暴力やDVなどをジェンダー犯罪クライムという。家族の軋轢あつれきや、犯罪や天災に見舞われたときの喪失感や痛みなどをテーマにしてきた著者が、性犯罪の根っこに何があるのかを掘り下げていく。

 土手下で、異様な姿で発見された中年男性の遺体。暴行の痕があり、肛門に〈目には目を〉と書かれた小さな紙がねじ込まれていた。ほどなく、殺された男性の息子が大学時代に集団レイプ事件を起こしていたとわかる。ある筋からの圧力によって加害者たちは起訴猶予となり、事件はもみ消されていた。八王子南署強行犯係の警部補・鞍岡と若手ながらシャープな洞察力を持つ本庁捜査一課の志波警部補は、被害者家族が復讐に出たのではないかと捜査を進め……。

 このバディの存在が、重苦しい事件の希望として描かれる。女性が傷つけられる事件に昔から嫌悪感を持つ鞍岡。いまなおジェンダー(性差)による差別が根深い日本で生活するゆえか、彼は被害者の妻に無自覚に〈奥さん〉と呼びかけてしまうが、それを志波にとがめられると変わろうとする素直さがある。そうした小さな変革が、ジェンダーギャップを埋めていくのではないかと感じるし、志波は志波で、飄々ひょうひょうとしたキャラに見えながら、曲げてはいけないことには熱くなる。そんなふたりが魅力的だ。

 性暴力は何年経とうが、被害者家族も、加害者家族も、さらには事件を扱った警察や政治家などの公権力の正義さえも壊してしまう「悪」だと、本作は描き出す。〈性犯罪についても、たかがと思う心があったからです〉〈我々の、罪ですよ〉という鞍岡の言葉が実社会で共有されていくことを、性犯罪の被害者やその家族はどれほど待ち望んでいるだろうか。

■ ■ ■

『なれのはて』加藤シゲアキ(講談社)

戦争や時代に翻弄された人々の肖像

 テレビマンの守谷は、イサム・イノマタという画家に魅せられ、たった一枚しかない絵の展覧会を企画するが、開催の前日までに、知的財産権が消滅しているパブリックドメインの状態であると確認する必要があった。

 新聞記事から、彼がある焼死事件と関わっており、そのまま行方不明になったと知った守谷。民法では生死不明のまま七年以上が過ぎていれば死亡と見做みなされるため、行方不明になった日の特定が企画実現の鍵だ。守谷は調査に乗り出す。アート、時代、運命、人生、創作論、生の輝き……多層的に編み上げられたノンストップミステリー。

《小説宝石 2024年3月号 掲載》



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