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『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第7回】

★前回記事:連載第7回 プロレスとドキュメンタリーに共通する「虚」と「実」~『俺たち文化系プロレスDDT』

文=稲田豊史

  2022年12月27日から30分×三夜連続で深夜に放送された『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』(BSテレ東)が、放送直後からネットを中心に大きく話題となった。内容は、「テレビ東京局内にはもうデータとして残っていない過去の番組を、視聴者から送ってもらった録画VHSを使って放送する」というもの。進行役は、いとうせいこう、モデル・女優の井桁弘恵いげたひろえ、テレビ東京アナウンサーの水原恵理みずはらえりだ。

 三夜にわたって放送されるのは、1980年代にテレビ東京の深夜帯で生放送されていた『坂谷一郎さかたにいちろうのミッドナイトパラダイス』。ゲストを招いてのトークほか、ビデオ投稿される視聴者の悩みなどに答える番組で、いとう曰く「ちょこっと覚えがある」「カルト的に人気だった」そうだ。

 第一夜、東名高速の開通ニュース映像などが紹介された後、いよいよ1985年に放送された『ミッドナイトパラダイス』のとある回が流れる。MCはお調子者のマルチタレント・坂谷一郎。コメンテーターは放送作家の寿郎としろうと、政治評論家の岡﨑茂一おかざきしげかず。そこに男性陣のセクハラ全開発言も笑顔でかわす女性アシスタント・朝戸あさとわたるが加わる。視聴者による40年近く前のVHS録画なので、当然ながら画質は悪い。

 ところが、だ。

 実は『ミッドナイトパラダイス』なる番組は現実に存在しない。坂谷一郎なるタレントも実在せず、出演者たちは皆、現代の俳優が演じている。画質もわざと落としている。進行のいとうせいこうらも、そんな番組など存在しないとわかって小芝居をうっている。すべてが壮大なでっち上げなのだ。

 そう、本作はモキュメンタリー、すなわちドキュメンタリーに見せかけて撮られたフィクションである。つまり、視聴者のビデオ投稿(①)をVTRで流す『ミッドナイトパラダイス』(②)をVTRで流す『このテープもってないですか?』(③)――という三層構造をとっており、①~③のすべてが「現実に見せかけた虚構」なのだ。まるで、「夢の中の夢の中の夢」に迷い込む者たちを描いた映画『インセプション』(10年、監督:クリストファー・ノーラン)である。

『インセプション』は、この複雑な三層構造をSFに昇華させたが、『このテープもってないですか?』は、なんとホラーに昇華させる。なぜこの建て付けでホラーが成立するのかを言葉で解説するのは野暮の極みなので、ぜひ本編を見てほしい。ひとつだけ言うと、90分で1本の構成ではなく、「30分×3本」の分割構造であることが、ジワジワとエスカレートする不気味さの演出に大きな効果を上げている。第7回の本文でも言及したように、ドキュメンタリーにとって構成は、題材選びと並んでもっとも重要な要素だ。

 ドキュメンタリーは虚実の境目を曖昧にするが、モキュメンタリーはドキュメンタリーとの境目を曖昧にする。つまりモキュメンタリーはドキュメンタリーの真似事ではなく、別の次元で同じことをやっているのだ。

 三層構造の虚構でありつつ、ドキュメンタリーの性質をその上部レイヤーからメタ的に再現するなどという、実に高度で知的な創作。それを民放局がBSの深夜帯でしれっとやったところ、ネットで大評判になった。実にいきではないか。

 結論、テレビはまだ全然、死んでいない。

《ジャーロ NO.87 2023 MARCH 掲載》


『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』
2022年/日本
演出・プロデューサー:大森時生


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稲田豊史さん近著


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