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光文社 文芸編集部|kobunsha
2023年11月14日 10:32
「違う羽の鳥」#1 夜の雑踏のただ中にいる時、死後の世界ってこういう感じかな、とぼんやり考える。朝では駄目だ。会社なり学校なり、人々の「目的」があまりにもはっきりと見えすぎて空想が働かない。 街灯やネオン看板に見下ろされながら人波に抗わずただ揉まれ、流されするうちに自分というものがどんどんなくなっていく気がする。見知らぬ誰かとすれ違い、ぶつかり、触れるたびかつお節のようにうっすら削られて記憶も
2023年11月14日 10:34
「違う羽の鳥」#2 正直、半信半疑だった。からかわれただけかもしれない。今頃、下心丸出しの間抜け面がSNSに晒されているかもしれない。でもバイトを終え、裏口から店を出ると女は本当に待っていた。優斗に気づくと「お疲れー」と前からの知り合いみたいに手を振る。「歩合なんやろ? 頑張って飲んで食べたで」「知ってる。会計五千円以上いっとったやろ、ありがとう」 日払いで受け取った給料は五千円弱、悪く
2023年11月14日 10:36
「違う羽の鳥」#3 学校じゅうの掲示板から手分けして剝がしたポスターを放課後の教室に持ち寄り、優斗は途方に暮れていた。委員会担当の教師に渡して任務完了のはずが、緊急職員会議とかで、職員室の扉には「生徒の入室厳禁」という札がかかっていた。早く帰りたい、けれど強引に突入する勇気はなく、井上なぎさと半端に離れた席でぽつんぽつんと座っていた。五月の終わり、だいぶ長くなった日がそれでも傾きかけ、西向きの窓の
2023年11月14日 10:37
「違う羽の鳥」#4 深夜、K駅近くの踏切におばさんが現れる、という噂が持ち上がったのは十二月の初めだった。 ――え、何で、井上さんちゃうん。 ――井上さんもその「踏切ババア」に引きずり込まれたんやって。 ――うそ、めっちゃ怖いやん。 忘れられつつあった「井上なぎさの死」が、再び校内をざわつかせた。ある日の塾の帰り、他校に通う友人が「チャリで行ってみよや」と提案し、その場にいた数人も行こ
「違う羽の鳥」#5 さっきからじーじーと妙な音がする。極小のぜんまいを巻いているような、あるいは虫の羽音のような。まだビール一杯しか飲んでへんのに、酔うたんやろか。きょろきょろと音の発生源を探しているとなぎさが「ひょっとしてこれ?」と背後の壁を指差した。「ネオン管が放電してる音」「ああ……」「最近はLEDばっかやもんね――飲まへんの?」 欲しいのは酒じゃなく、つめたい水だった。でも意