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ロバのおうじと七夕姫

絵本『ロバのおうじ』(ほるぷ出版)は、グリム童話をもとに再話(アレンジ)したお話です。

今日は、このお話をもう一回、アレンジして「ロバのおうじと七夕姫たなばたひめ」としてお送りします。

なお、最初に絵本『ロバのおうじ』のあらすじを紹介します。

王さまとお妃さまには、子供がありませんでした。王さまは魔法使いに「子供を授かる呪文」をお願いしますが、金貨を出し渋ったために、魔法使いは人間ではなく「ロバのおうじ」が生まれるように呪文をかけてしまいます。
ロバのおうじは、その見た目にかかわらず、誰かが本当に愛してくれた時にだけ、人間に戻れるのでした。
さて、ロバのおうじは見た目のために、両親にも周りにもバカにされます。ある時、旅のリュート弾きがやってきて、ロバのおうじにリュート(弦楽器)を教えます。ロバのおうじはリュート一つを持って、城を出て、あてどもなくさすらい、歌います。そうして、あるお城に着き、お姫さまに歌を聴かせ、ふたりは結ばれてロバのおうじは人間に戻れます。めでたし、めでたし。

こんなお話です。
では、「ロバのおうじと七夕姫」のはじまり、はじまり。

***

むかし、あるところに王さまとお妃さまが暮らしていました。お城は大きく、裕福で、ふたりは幸せでした。

ただ、子供だけがありませんでした。王さまは、森の魔法使いを呼びつけ、

「子供ができる呪文をしろ」

と言いました。

「金貨百両でやりましょう」と魔法使いは答えました。

「いいだろう」。でも、王さまはお金が大好きだったので、金メッキで誤魔化した金貨を用意して魔法使いに与えました。

「なんということだ!」魔法使いはカンカンになりました。

「おまえたちの子はロバになるだろう。ロバのおうじが生まれるのだ。誰からも愛されない人生を送り、もし、愛された時にだけ、人間に戻れるようにしてやろう」

お城に雷が鳴り響きました。

お妃さまは妊娠して、子供が生まれました。それは、長い耳としょぼくれたしっぽのある、灰色の毛のロバっ子でした。

「なんだ、このロバのおうじは!」
王さまは嘆きました。
「仕方ないから育てましょう」
とお妃さまは諦めました。

ロバのおうじは、王子の作法を身につけました。おじぎも丁寧にできました。身だしなみもばっちりでした。しかし、町の子供たちからはバカにされました。

「やーい、ロバっ子。いやらしい耳をしてるな」

「しっぽがふにゃふにゃしているぞ!」

「声がしわがれて、ヒーホーヒーホー!!」

ロバのおうじはすごすごとお城に帰ってきました。

王さまはお金の勘定に大忙しでした。「2枚、3枚、103枚…」
お妃さまはパーティードレスをお召し替えしていました。「今夜はどこに行こうかしら」
ロバのおうじは誰からも相手にされませんでした。

ある日、旅のリュート弾きがお城にやって来て、ロバのおうじにリュートを教えてくれました。

「見どころがありますな!」

「よいひづめをお持ちだ。そう、そこはポリフォニーで」

「うまい、うまいですぞ!もっと情感を持って、風のように、山際の光のように…」

ロバのおうじはずいぶん達者になりました。
けれども、声だけがうまい具合に出ませんでした。

「残念ながら、音痴ですな。しゃがれ声ですし。あなたは歌わない方がよい。弦を奏でるのは達人なのですから」

こうして、ロバのおうじは黙ってただ旋律を弾きました。たまに、歌ってみましたが、町のひとや子供たちから、「ヒーホーヒーホー!」と言われてやめました。

「もう、ここを出よう」

ロバのおうじはそう決めると、ベルベットの上着やキュロットの半ズボンを脱ぎ捨てました。そして、リュート一本を背負い、お城を捨てて旅に出ました。

そうして、糸杉の森を抜け、新月のような細い月を見送り、夜の寒い風を受けながら、山の峰でリュートを奏で、誰もいない浜辺でリュートを奏でました。

***

あるとき、べつのお城に着きました。門の前でリュートを弾いていると、王の御前ごぜんに通されました。

王さまは言いました。

「ここはね、天の川王国と呼ばれている。ご存じかな。なに、知らない。

天の川王国はね、たくさんの川が流れて、水が豊かで、緑と穀物がよく育つ国だよ。空気が綺麗だから、星もまた綺麗なのだ」

王さまは隣りにいるお姫さまを指して言いました。

「そなたは星の旋律は弾けるかな? ほら、冬の大三角やふたご座の奏でるメロディだよ。星がまたたく時には音がするだろう? この姫は夜空の話が大好きじゃ」

「こんにちは」とお姫さまがおじぎをしました。

「わたしは七夕姫たなばたひめと呼ばれています。王さまには子供が一人しかいないから、将来はわたしが天の川王国のお世話をすることに決まっているの。よろしくね」

「どうも。リュート弾きのロバです。よろしくお願いします」

ロバのおうじはうやうやしくおじぎをして言いました。

「そなたはリュートが達者だから、しばらくここに客としてとどまるがよい」と王さまが言いました。

ロバのおうじと七夕姫は、昼間はリュートを弾いて過ごしました。中庭には冬の水仙が咲いていました。冬薔薇も楚々そそとしていました。庭師は枝を揃え、草を刈りました。

「シューベルトは素敵だわ」
「お姫さまの歌声はすばらしい」

ロバのおうじは伴奏し、お姫さまは歌いました。カナリアのように軽やかで優しい声でした。

ロバのおうじはうっとりして、思わず、じぶんでも歌いました。
「いけない!」

「どうしたの?」

「いえ、わたしは歌が下手だから…」

ロバのおうじが真っ赤になると、七夕姫は首を振って言いました。
「そんなことはありません。歌はみんなのものよ。誰にもじぶんの声があるのだから、歌ったらいいじゃない」

「そうでしょうか。ぼくの歌を聴いてくれますか」

「ええ、もちろん。歌はいいわ。魂が触れ合う気がしませんか?」

それから、ロバのおうじはだんだんと歌うようになりました。お姫さまは辛抱強く聞いてくれました。音がはずれても、文句を言いませんでした。声がしわがれていても、「ヒーホー!」とバカにすることもありませんでした。

ロバのおうじが心から歌うと、その声は風に乗り、時には天に届いたような気がするのでした。

***

ある朝、ロバのおうじが部屋で本を読んでいると、窓の外で兵隊がしゃべっているのが聞こえました。

「七夕姫に求婚者が来るそうだ。3人もだぞ」
「そうか。姫さまは若くて可愛いからな」
「なんといっても、天の川王国は広くて、一人で治めるのは大変だ。結婚したほうがいいだろう。王さまもそれをお望みだ」

翌朝には、3人の立派な王子たちがお城を目指してやって来るのが窓から見えました。

「ああ!胸がはりさけそうだ」

ロバのおうじは眠れない夜を過ごしていました。

「ぼくはなんの役に立つだろう!しょせんはロバのおうじなのだ。長い耳と、しょぼしょぼのしっぽと、灰色の毛におおわれた、みすぼらしいロバなんだ」

「おまけに、ヒーホーだ!」

「もし、お姫さまが3人のうちの誰かと結婚することになったら、王さまはぼくに結婚式でお祝いの曲を弾かせるだろう。そんなのには、耐えられない」

ロバのおうじはこっそりとお城を抜け出し、リュート一本を背負って南へ、南へ逃れて行きました。

***

その頃、大広間では3人のキラキラした求婚者が、七夕姫の前に立っていました。3人はそれぞれに言いました。

「わたしは、アンゼン王国のアンテイ王子です。我が国は石油資源が豊富で、森林もいっぱい伐採できるので、天の川王国の水と合わせれば、いつまでも繁栄して苦労なしです。わたしと結婚すれば、一生安泰まちがないなし!」

「おれは、カネアール王国のツミタテ王子です。この通り、スーツがよく似合う男で、エグゼクティブな投資によってお金を動かすのが上手い。数字をいじれば、不労所得がたっぷり。しかも、多趣味で器用だから、あなたも退屈知らずで一生を過ごせます!」

「僕はケンコウ王国のホソマッチョ王子だよ。若くてイケメン、高身長で高学歴、オヤジの小遣いは世界一。毎日、筋トレをしてテニスをしてヨットをして夜はマティーニ。海の見える別荘で、楽しく老後まで暮らさないかい?」

七夕姫は、少し黙ったあと、「ありがとうございます。また明日、考えましょう」と言って部屋に戻りました。

3人は拍子抜けして、口々に「わたしの名誉が…」「おれの結納金が…」「僕の暇つぶしが…」と言いながら、大広間を後にしました。

お姫さまが廊下を小走りに部屋へ急いでいると、侍女が来て、耳打ちしました。

「七夕姫さま、リュートの王子さまが、お城を出られてしまいました。ゆくえがわかりません」

「ああ!」

七夕姫は部屋に戻り、扉を閉めると「わっ」と泣き出しました。あとからあとから、涙がこぼれて止まりませんでした。こんな風に泣いたのは、生まれて初めてでした。

その夜、七夕姫はひっそりとした夜の闇を抜けて、大きな川に泊まった船に乗り込みました。お城からたった一人で逃げ出したのです。

船はデネブ号といい、何十人ものお客を運べました。お姫さまは、はしごをよじのぼってデネブ号に乗り込みました。

あくる朝、船は出航しました。大きな川を下って、遠く南の土地まで進んでいきます。何日も、何日も七夕姫は甲板に立っていました。

夜には星がまたたき、月が上りました。我知らず、星の旋律を口ずさんでいました。上弦の月が沈むと、あとは一人きり、世界に取り残されたような心地がしました。

「なんとさみしいのでしょう。なんと一人ぽっちなのでしょう」

ひとが、こんなにもひとりだと感じるのは、本当はふたりだからでした。

***

ある日のお昼頃、甲板に聞き覚えのある歌声が聞こえて来ました。懐かしいリュートの響きもします。

「あっ」

見ると、川のはたの丘の上にロバのおうじが座って、楽器を奏でていました。

七夕姫はぼちゃんと水に飛び込むと、クロールで泳いで、川岸にたどり着きました。丘の上まで駆けて行きました。

「王子さま!」

ロバのおうじは弾く手を止めて、びっくりして七夕姫を見ました。

「お姫さま!どうしたのです? こんな南の国まで…」

「わたし、あなたに会いたかったのよ。おかしな求婚者が3人も来て、不快だったからお城を抜け出して来ました。船に乗って、泳いで来たのよ」

「どうしてそんな…」

「あなたが好きだからよ」七夕姫は足を踏みしめて言いました。
「わたしはあなたを愛しているのです」

その途端、ロバの皮がはがれ落ちたように、ロバのおうじは人間に戻りました。

「ありがとう。ふたりで天の川王国に住むひとの、幸いのために仕事をしましょう」

ふたりはお互いを抱きしめました。

夜になって、人間の王子は言いました。「今夜はクリスマスですね」

「あら、わたし一つだけ残念だわ」

「なんですか」

「天の川と夏の星座が見たかったの。七夕姫って呼ばれているから…」

王子さまは笑って言いました。

「なんだ、そんなことなら。ほら、いま見えるでしょう。あれがベガ、こっちがアルタイル。気がつかなかったのですか、ここは南半球です。クリスマスだけど、夏なのですよ」

「ほんとうに!」

七夕姫は口に手を当てて言いました。

「よかった。ベガとアルタイルは出会えたのね」

それから、ロバのおうじは七夕姫を本当の名前で呼びました。
七夕姫も、ロバのおうじをその本当の名前で呼びました。

ふたりはそろって天の川王国に帰り、そこで結婚式を挙げたということです。


めでたし、めでたし。




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