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鉄道史と蒸気機関車のルーツを辿る (初めての海外一人旅でイギリスを縦断した-15)

こんにちは。ゲンキです。
イギリス旅行記第15回は、鉄道発祥の地、ダーリントン&シルドン編をお届けします。


~旅の概要~

鉄道が好きな僕は、鉄道の祖国であるイギリスを旅することにした。「果て」の景色を求めて本土最北端の駅「サーソー(Thurso)」から本土最南端の駅「ペンザンス(Penzance)」を目指す旅である。遠く離れた異国の地で、僕は一体何に出会うのだろうか。(2023年3月実施)


↓第1回をまだ読んでいない方はこちらからどうぞ。



10:00 Darlington

イギリスに来て6日目。ここはイングランド北東部の街、ダーリントンである。今日の空は雨模様、いつにも増して空気が冷たい。

ダーリントンの位置 (©OpenStreetMap contributors)

さて、この街では僕の旅の重要テーマである「鉄道」のルーツを辿っていく。

今から198年前の1825年9月27日、この場所に世界で初めて蒸気機関車を使用した公共鉄道が開通した。その名は「ストックトン&ダーリントン鉄道(Stockton and Darlington Railway)」、内陸に位置する炭鉱から港町のストックトンまでを結ぶ鉄道である。それまでは馬車が担っていた鉄道交通が、この時初めて機械の力で街と街を結んだのだ。

僕は幼少期から鉄道が好きで、子供の頃に初めてストックトン&ダーリントン鉄道のことを知ってから「いつかここを訪れたい」と思っていた。僕の旅はそんな「いつか行ってみたい」という思いの連なりでできているが、ダーリントンは特にその思いが強かった場所だ。

ダーリントン駅(昨晩)

ただ、いきなり一つ残念なお知らせがある。
ダーリントンには「ヘッド・オブ・スチーム(Head of Steam)」という鉄道博物館があるのだが、その博物館は2025年の鉄道開業200周年に向けておよそ1年半の休館改装中。2023年は終年休館し、リニューアルオープンするのは2024年の夏だという。
ヘッド・オブ・スチームにはストックトン&ダーリントン鉄道で使用されていた伝説級の蒸気機関車「ロコモーション1号」が展示されているのだが、今回その車両を見ることは叶わないだろう。非常に残念だ。

正直ロコモーション1号を生で見ることがダーリントン訪問の大きな目的だったので、閉館中だと知った時はかなり落ち込んだ。今も落ち込んでいる。それでも結局来てしまったのだけど。

大きな荷物を背負って広場を歩いていると、地元のおばちゃんが「あなた旅の人でしょ?」と話しかけてくれた。僕が鉄道好きだということ、その誕生の地を訪れるのが夢だったことなどを話すと、おばちゃんは「それならシルドンの鉄道博物館に行くべきだわ!」と言った。

シルドン(Shildon)は、ダーリントンから北西に12kmほどの距離にある街。そこにも別の鉄道博物館があることは知っていたのだが、少し遠めなこともあってもともと行かない予定だった。そんな僕に向かっておばちゃんは「あそこはとても良い博物館だから!!」「絶対行ったほうがいい!」と激推ししてくる。
そんなに言うなら…ということで、急遽予定を変更してシルドンへ行ってみることにした。おばちゃんにお礼を言って、最寄りのバス乗り場へと向かう。


シルドンへは列車でも行けるが、今日はストライキで運休中なのでバスで移動


11:15 Shildon

シルドン駅。列車が来ないので人もいない

降りたバス停から数分歩いて、鉄道博物館「ロコモーション(LOCOMOTION)」に到着。展示車両を移動させるための線路がいくつも建物に向かって伸びている。

中に入ると、綺麗で広々とした空間に新旧様々・色とりどりな列車がずらっと並べて展示されている。「ロコモーション」は田舎っぽく小さな博物館だと勝手に予想していたのだが、その予想は良い意味で裏切られた。しかも入場料は無料。

展示車両のラインナップを見てみる。右側の青い方は高速ディーゼル機関車「デルティック(DELTIC)」、左側の近未来的な見た目の方は高速ガスタービン試験車「APT-E」。どちらもイギリスの鉄道史において重要な役割を果たした名車なのだが、正直かなりマニアックな展示である。

まあ鉄道という趣味自体マニアックなものだが、ここに展示されている車両はその中でも割とマイナーな車両が多い印象。例えば先ほどのデルティックとAPT-Eは、日本でいえば「EF200」と「キハ391」みたいな存在感の車両である(わかる人にはわかる)。

英仏新幹線ユーロスターや世界最速の蒸気機関車マラード号のような有名どころにはどうしても知名度が劣るが、それでも確かに走っていた脇役の栄光も伝えてくれるのがこの「ロコモーション」なのだ。

脇役にも脇役なりの貫禄がある
現役で活躍する高速車両「HST」のプロトタイプ先頭車
除雪車。チェンソーマンに出てきそう(雪かきの悪魔?)
1908年製造、木製の三等客車


もちろん展示されているのは地味な車両ばかりではない。豪華寝台車や高速記録を持つ蒸気機関車など、当時時代の最先端を走っていた華々しい列車もたくさん見ることができる。

オリエント急行と同じ「ワゴン・リー社」製の寝台客車
平均時速99kmでヨーク〜ニューカッスルを走破した記録を持つ、ノースイースタン鉄道の1621号機
貨車の色を順番通りに並べ替えるゲーム。意外と難しい
王室専用車両、通称「アレクサンドラ女王のサルーン」


この小さな蒸気機関車は、今まで見てきたどの車両よりも頭一つ抜けて古く貴重なものだ。名を「ロケット号(Rocket)」という。技術者ロバート・スティーブンソンによって設計され、1829年にニューカッスルで製造された。
このロケット号はイギリスおよび世界初の旅客鉄道である「リバプール&マンチェスター鉄道」の蒸気機関車として採用され、開業当日にも一般の乗客を乗せて走行した。ロケット号の設計は極めて革新的なもので、その後日本を含め世界中で製造された蒸気機関車のほとんどはこのロケット号に倣った構造を採用している。つまり近代蒸気機関車の直系のご先祖様というわけだ。

余談だが、このロケット号は世界で初めて人を轢いた車両でもある。リバプール&マンチェスター鉄道開業当日、ロケット号は停車中の反対列車から降りていた政治家ウィリアム・ハスキソン公を勢いのままに跳ねてしまった。ハスキソン公は片足を切断されて死亡し、これが世界最初の鉄道死亡事故となった。なんとまあ名誉で不名誉な機関車だろうか。

ところで、このロケット号は訪問日の2週間前にヨークの国立鉄道博物館からシルドンへ移設されてきたばかりだったということが帰国後に判明した。事前情報ゼロで行ったにも関わらず、なかなかラッキーなタイミングだったようだ。

隣に展示されている「サン・パレイル号(Sans Pareil)」もまた、ロケット号とともにリバプール&マンチェスター鉄道で活躍していた蒸気機関車である。蒸気の力でピストン運動を起こすシリンダー(円筒形の部分)が地面に対して垂直に配置されているのが特徴で、鉄道黎明期の試行錯誤を伝える遺産の一つとして保存されている。


館内をぐるっと一周し、出入口の方へ戻ってきた。またまた古そうな蒸気機関車が置かれている。

…少し近づいたその時、脳内に衝撃が走った。

圧倒的オールド感。強烈な既視感。これはまさか……

いや、そんなわけがないと一瞬気を落ち着かせる。しかし、木で覆われたボイラー、ゴチャゴチャと金属棒が絡み合う駆動系、あるのかないのかわからない運転席。こんなに特徴的で奇妙な造形、簡単に見間違うわけがない。

おそるおそる展示パネルを覗き込んだ。この機関車の名前は………

これ「ロコモーション1号」 やないか!!!!!!

え、ロコモーション1号!?ヘッド・オブ・スチームに置かれていたはずでは!?なぜここにあるんだ!!??(混乱)

目の前にこの車両があることが信じられず、もしかしてレプリカなんじゃないかと半信半疑でネット検索しまくったが、どうやら本物らしい。実は「ロコモーション1号」は2022年の時点でシルドンに移設されていたようだが、僕は下調べの段階でその情報に行き当たることができず、勝手にダーリントンにあるものと思い込んでいた。そうして早くも諦め切っていたのである。

もしダーリントンであのおばちゃんに出会えていなかったら、僕はこうしてロコモーション1号に対面することなく日本に帰国していたかもしれない。やっぱり縁や運みたいなエネルギーはこの世に存在するんじゃないだろうかと思った。本当にありがとう、ダーリントンのおばちゃん。

それでは改めて紹介しよう。
1825年に開業した世界初の公共鉄道、ストックトン&ダーリントン鉄道。その最初の蒸気機関車が、今僕の目の前にあるロコモーション1号(LOCOMOTION NO.1)である。設計者はロケット号と同じロバート・スティーブンソン、そして父親のジョージ・スティーブンソン。スピードは時速20km前後しか出なかったそうだが、その分輸送力は人力や馬を大きく凌駕した。
またロコモーション号はストックトン&ダーリントン鉄道の開業日に乗客を乗せた客車や貨車を引っ張ったのだが、これが世界最初の旅客列車だった。


ロコモーション1号は博物館の最前方に展示されており、まるで後世に生まれた高性能車両たちを今でも先導しているかのようだ。それだけでなく、日本の山手線も新幹線も、このロコモーション1号がなければ決して生まれなかったのだ。まさに時代の先駆者、いや「先駆車」である。

オンラインで旅行体験ができるようになった現代でも、僕はやっぱり「わざわざ現地へ体を持っていって、自分で顔を合わせる」ことの価値を捨てきれない。ロコモーション1号を前にして、僕はずっと会いたかった人に「やっと会えましたね」と声をかける時のような感動を覚えた。その感情の色や手触りは、決して画面越しに味わうことはできない。だから僕は旅をやめられないのだ。

ロコモーション1号に一礼したいほど気分が高まっているが、それをやると変なステージに到達してしまいそうなのでやめておいた。僕は心の中で一礼し、名残惜しさに取り憑かれる前に次の鉄道スポットへと向かうことにする。


つづく




イギリス旅行記第15回、読んでいただきありがとうございました。

〜お知らせ〜
このところ大学の制作課題が立て込んでおり、通常より執筆ペースが落ちております。これから12月にかけてさらに忙しくなるため、しばらく旅行記の更新が遅くなる可能性があります。楽しみにしてくれている方には申し訳ありませんが、あらかじめご了承ください。

それと、来年の春にはまた海外で鉄道旅をしようと計画しています。それまでにこのイギリスシリーズを早く終わらせなければ…(焦)。

次回、第16回は「ストックトン&ダーリントン鉄道、実際に乗ってみた」編、「ミドルズブラ散策」編の2本立てでお届けします。お楽しみに。


それでは今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!


↓第16回はこちら




(当記事で使用した地図画像は、OpenStreetMapより引用しております)


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