【オリンピック】最後まで諦めない。かっこよさの秘密はたったそれだけ。
なでしこジャパンのブラジル戦を、皆さんは観ただろうか。もしまだ観ていなかったら、最後の15分だけでも観た方がいい。最高にかっこいいから。
最初に白状しておくと、わたしは、なでしこサッカーのファンではない。オリンピックだから、お祭り気分で試合を観ているにわか視聴者の一人に過ぎない。いまのチームについて、ブラジル戦以外に予備知識が何もない。だから、この記事を書くにあたって、いまさらながらに選手の名前を調べている。そんな状況である。
だけど、ブラジル戦で見せたこのチームの一体感と粘り強さ。それぞれが自分の持ち場で、自分のやるべきことを全うしようという意味でのチームワーク。なにより、途中でどんな展開になっても、負けることを心の隙に受け入れてしまわないで、最後の一瞬まで戦うことをやめない姿勢。
それらを目の当たりにして、わたしは打ちのめされてしまった。
◇
双方に点が入らないまま、試合は後半戦に折り返した。後半からピッチに上がったブラジルの代替選手が、序盤で点を入れた。歓喜の声をあげるブラジルチーム。ゴールを決めたその選手は、チームメートの輪の中心で、ポニーテールにした滑らかな長い髪を揺らしていた。
なでしこたちの落胆がすぐそばに感じられそうな空気だった。我が家のソファでも重いため息が漏れる。
甘いパスを奪われてからの、スピードある無駄のないボール運びだった。中央ライン付近から斜めに切るように出されたパスが、ゴール前へ向かって全速力で走っていた仲間に絶妙な角度で届く。並行して走っていたもう一人のオフェンスへと正確なパスが渡った後、シュートが放たれた。キーパーの手を掠めるように転がったシュートは、ゴールにしゅるしゅると入っていった。
ああ、こんなキレイにきめられたら、もう文句を言う余地がない。そんな感じの、美しい攻撃だった。
そこから、なでしこのツライ我慢の時間が始まった。ブラジル側は、この一点を守り抜きながら、あわよくば追加点を、でも無理はしないという作戦をとったらしい。ゆるいパスを回し続け、明らかに時間を稼いでいた。
一方、日本側は、高い位置からディフェンスを強めに当たり、試合の流れをなんとか自身へ手繰り寄せようと躍起になっていた。パスをカットしたり、良いディフェンスを見せる場面があったものの、点にはつながらない。一度、相手ゴールを脅かすシュートがあったが、キーパーに阻まれてしまった。そうしている間にも、一滴ずつ水がしたたるように時間がなくなっていく。
このとき、観ている誰しもの頭の片隅に、このまま負けるシナリオがぼんやり浮かんでいたんじゃないかと思う。
わたしはたまらなくなってきて、テレビの前を離れた。このとき、子どもたちは、少し離れたところで、絵具を使って花の絵を描いていた。わたしはふらりとそっちに合流した。焦りと不安でカチコチになった心と体を、一旦緩めたくなって。
10分くらい経った頃だろうか。夫が向こうから声をあげた。
「ハニー、日本が点を入れたみたいだよ!」
ええ?!わたしはガタっと席を立って、テレビの前に急いで戻った。
試合は、アディショナルタイムに入っていた。ゴールを決めたのは主将の熊谷紗希。PKだった。
同点に追いついたなでしこは、俄然勢いを取り戻した。さっきまでのもがきが嘘のように、試合の流れをその手に掴んでいた。そして、PKの興奮がまだ残っているくらいすぐのタイミングで、次のチャンスが訪れた。谷川萌々子のミドルシュートだ。
ぽーんと上がったそのシュートは、大き過ぎるようにわたしには見えた。ボールがぽんと落ちて、ブラジルのキーパーが後ろを振り返った。ゴールのネットを完全に捉えていた。
会場から、うねるような歓声が湧きおこった。それと同時に、わたしの口からもカタカナでは言い表せないような変な叫び声が出て、夫と一緒になって一心に手を叩いて立ち上がった。すごいよすごいよ!ここ一番で、こんなシュートが出せる君は最高だよ!
それから、さっき大事な局面で応援をやめてしまった罪悪感を胸に抱えながら、もう最後の笛が鳴るまで、ここをゼッタイに離れないと心に強く誓った。
アディショナルタイムは8分と表示されていた。どうかこのまま勝ち切って。いつからなでしこの一員になったんだというくらい、気持ちがすっかりなでしこになっている。もうわたしの心はパリのサッカー会場のグラウンドにあった。
「ピーーーー」
ホイッスルが鳴って、試合が終わった。安心と歓喜と驚きと称賛で、もう胸がいっぱいだった。少しでも動いたら泣きそうで、夫が満面の笑みでわたしに振り向いたときも、うまく顔を向けられなかった。
◇
土壇場での大どんでん返し。こういうダイナミックな流れの変化が突然訪れるから、サッカーは面白い。
いつか訪れるチャンスを信じて待ち続けたなでしこはあっぱれだ。あっぱれとしか言えない。何もしないで待つんじゃない。常に狙いながら待つ。
「もしかしてこれ、負けるんじゃないか」
戦っている最中に、じわじわと心に迫ってくる疑念がある。本当の敵は、もしかしたら、心の中で何度もしつこく呼びかけてくる、このもう一人の自分の声かもしれない。
これに屈したら、試合はひっくり返せない。だから、この疑念の声を振り払うために、止まらないで走るしかない。なでしこたちの一人ひとりが、こうやって最後の最後まで走ったんだと思うと、いまでもまだ胸が熱くなる。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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