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もしこれが、最後の子守歌だったら

子どもたちの就寝時間の前に、5分か10分ずつくらい、息子と娘それぞれと2人だけで過ごす時間がある。

寝る前に、夫が一人ずつ別々に本を読むきまりになっていて、読んでもらっていないときは、わたしとお話しする時間になっているのだ。

娘の本読みの番になり、わたしと息子は、息子の部屋のベッドに潜り込んで、いつものように話をしていた。

「君がまだ2歳か3歳だった頃、こうやってママが子守歌を歌ってあげたよね」

息子の隣に寝そべりながら、ふいに過去を思い出して、そんな話を始めると、息子は、そうだったね、覚えてる、と言った。

「君はいつも寝るのがイヤで、寝つくまでに時間がかかって大変だったのよ。でもあるとき、ママが優しい声で歌を歌ってあげたら、さっきまでゴソゴソしてたのに、急に君が静かになったの。ママは、あれ?と思ってね。もしかして、君にとって、ママの声には特別な力があるんじゃないかって思ったの」

息子は、にこにこしながら、この話を聞いている。目の前にいるわたしと、幼い日の自分に、優しいまなざしを向けている。

「だから、ママはしばらく歌い続けたんだ。もう少しでその歌が終わるっていうときに、君がぱっとこっちを振り返ってね、なんて言ったと思う?」

息子は、笑顔のまま、首を横に振る。

「ママが歌ってたら、うるさくて眠れないって言ったのよ」

この話のオチに、息子はアハハと声を出して笑った。わたしも笑った。あのときの情景が目に浮かんでくる。

小さな背中だったな。

てっきり母の歌声で、とろんと眠りに落ちそうになっているのかと思いきや、うるさがられるとはね。そんな展開になるとは、どれだけ想像力を働かせても思いつかなかったわ。振り返ったその顔が、幼児のくせに本当に迷惑そうで、いま思い出すと完全に笑えるけど、あの瞬間はちょっと動揺したよね。

「ねえママ、あの栗の歌うたって」

息子が言った。「大きな栗の木の下で」のことを言っていた。7歳の息子のノスタルジー。昔、よくベッドの中で歌ったんだ。

わたしが歌い始めると、「ちょっと待って」といって、部屋の電気を消しにいった。「もうこのまま寝ちゃうから」と。

あの頃のように、背中をトントンしてやりながら、ささやくような声で、「大きな栗の木の下で」をゆっくり歌った。息子は目をつむって、眠りの態勢に入った。でも、口元だけちょっと嬉しそうにゆがんでる。

3回くらい歌ってやったら、娘の読み聞かせが終わって、就寝時間になった。満足げな息子に布団をかけてやって、おやすみをした。

この子に子守歌を歌うなんて、この先あと何回あるんだろうか。
もしかたしたら、いまのが最後だったりして。

当時は、毎晩寝かしつけに時間がかかって、はやく自分で寝られるようになってほしいといつも願っていた。でも、もはやあのときは二度と戻らないといわれると、急に寂しさが湧いてくる。人の感情なんていい加減なものだ。だからといって、あの頃に連れ戻してあげると言われたら、ノーサンキューといって断るんだけど。どっちなんだ。

いまはただ、ちょっと寂しくてノスタルジーな気持ちに、浸っていたいだけなんだな、きっと。


読んでくださって、ありがとうございます。

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