アンダースタンド

1月末に会社を退職し、アラフォー、妻あり、住宅ローンありという状況で無職になるという破天荒な選択をした。
会社名を出したりした方が記事としては面白いと思うのだが、正体を明かす(身元がバレる)といろいろと面倒くさいこともでてくるので、覆面レスラーな感じの体裁は保たせていただこうと思う。

「しばらくゆっくりしたらいいじゃない」というアドバイスを尻目に、銀行の残高が恐ろしい勢いで減っていく不安はとどまるところを知らず、正直、ゆっくりできる精神状態ではないことを声高らかに宣言したい。

前々職を退職した時は、夫婦で海外旅行にいったりと人生の夏休みを謳歌したわけだが、まさか一年ちょっとでまた夏休みが来るとは夢にも思っておらず、今回はただただ焦りと不安を抱えてのバケーションを送っている。

想定外に退職時期が早まったことで、思い描いた転職プランが崩れてこのような状況になってしまったのだが、そのアタリの話は割愛するとして、とにかく、一日も早く新しい職場=収入源を見つけなければいけない状況に陥ったのだ。

数ヶ月前にメンタルを患った際に、認知療法の一環(多分)で、ある程度自分のやりたいこと、やりたくないこと、譲れないこと、会社に求めること等はきちんと頭の中で整理されており、それが叶う職場を見つけるだけの話ではあるが、この地方都市でそんなところが見つかるのかいうところが最大のポイントになる。

前回の転職の際にもお世話になった転職エージェントに相談したり、ありとあらゆる手を尽くし必死の活動をした結果、なんだかんだでトントン拍子に話は進み、先日、某企業の最終面接をうけてきたなう!という状況である。

前置きがだいぶ長くなった。
なんなら、もう一旦ここで書くのをやめようかとも思っているが、もう少し頑張ろうと思う。

面接当日、着慣れないスーツに身を包み、約束時間の10分前に会社のロビーに到着。

「こんにちわ。面接にうかがったジャーマン・スープレックスです」
「うかがっております。担当が降りてまいりますので、おかけになってお待ち下さい」

ロビーのテーブル席で微動だにせず待つ。こんなに緊張するのはいつぶりだろう。新卒の就活を思い出す。毎日毎日面接の連続で、わけがわからなくなり、ある会社の面接で違う会社の志望動機を喋ってブチ切れられたことがあった。今思うと、どういうつもりで面接を受けにいっていたのか、あのときの自分に問いたい。

エレベーターから担当の男性社員が登場。最初の面接のときにもお会いした、素朴で親しみやすい雰囲気を身にまとった方だ。

「こんにちわー。お待ちしてましたー」
「あ、どうも。今日はよろしくおねがいします。」

二人でエレベーターに乗り込む。特に向こうから話しかけてくることもなく無言が続く。こちらも緊張で世間話をする余裕はないので、無言の沈黙とともに面接会場がある階に到着。

「今、準備をしていますので、一旦ここでお待ちください」

控室のようなところに通された。8人掛けテーブルの一番手前の席に座った。窓からは市内オフィス街が一望でき、街の向こうには雪化粧した山々がかすんで見えた。

人生は本当に何が起こるかわからない。
わずか1年で前の会社を辞めるとは夢にも思っていなかった。
あの時こうしていればよかった、こう考えればよかった、いや、あわなかったからしょうがないのか、そもそも無理があったんじゃないのか。今更反省をしてもしょうがないのだが、前職のことが頭の中で駆け巡った。
「居心地は良いけど、空気が悪い」そんな同僚の言葉を思い出しながら、呼ばれるのを待った。

「おまたせしました」先程の人事担当者が再登場。
「えーと、今日は最終面接ということで、社長と副社長、それから専務と常務、○△□☓・・・で、6名ほどいます」

いや、聞いてねーし。
社長と話するって聞いてたし。
そんなにすっごいのするって聞いてねーし。

緊張感でバグバグしていた僕の心臓が、ありえないスピードでビートを刻みだした。
社長とマンツーマンの面接を想定し、社長のブログを過去3年分読んで徹底的に人物像を分析した。バイタリティ溢れる現場叩き上げの社長。ロジックではなくパッションを重んじる気質。おそらく、面接というよりは、人としてどうなのかを見る雑談形式の面接になるであろう。
そんな僕の傾向と対策が音を立てて崩れ落ちた。

「面接は15分ぐらいです。最終決済権はこの方々なので、その15分ですべてが決まるって感じですね。がんばってください!」

余計なプレッシャーをかける謎のアドバイスをありがたく頂戴し、まあ、入室して面食らうより良いかと落ち着かせ、ドアを3回ノックして入室した。

案の定「では、まず自己紹介からお願いします」という、形式的テンプレートに美しく則った面接が始まった。圧倒的威圧感と緊張感の中、とにかく一心不乱に喋った。自分の経歴、やってきた仕事、主な実績、業界の話。家族や趣味の話もした。途中、専門的な話になった際、半分くらいの面接官は「こいつは何を言っているんだ」という顔をしていたが、おかまいなしに喋った。

そして、ボルテージ最高潮の僕は、最終的に会社をディスった。「このままだと、まずいと思います」
そして、こう付け加えた。「私なら、なんとかできます」

面接でハッタリを噛ますのは昔からの常套手段だが、嘘は言ってない。そのぐらいの覚悟と自信はある。
もし僕が経営者なら、中途採用者に求めるものは、従順で右へ倣えの素直さではなく、今のあり方をぶち壊して新しい何かをもたらしてくれるのではないだろうかという期待感だ。素直ないい子がほしいなら、こんなおじさんではなく、若い子をとりやがれ。

一通り質疑応答が終わると、目の前で、終始眉間にシワを寄せ話を聞いていた社長が、表情を緩め声を発した。

「はい、よくわかりましたー」

最終面接から4日。まだ連絡は、ない。

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