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【人生最期の食事を求めて】ご当地食文化圏で独自の進化を遂げるスパイスラーメン。

2023年11月28日(火)
寅乃虎(北海道札幌市中央区)

福岡と札幌は、全国的にも美味に恵まれたエリアとしてしばしば対比される。
その通奏低音となるものは、水の良さにあるのではないだろうか?
どの料理においても欠くことのできない水。
その水質が良ければ自ずと料理も美味しくなるはずだ。

とりわけ札幌におけるラーメンは、言わずと知れた伝統の味噌は揺るぎない美味しさまで昇華し続けている。
しかも、最近では塩や醤油も競争の中で進化を遂げ、全国屈指のラーメン激戦地であることは間違いなく、どの店に入ろうと及第点に達しないことはない。

それに追随してきたジャンルはスープカレーである。
まさに札幌を発祥とするそれは、1970年代に生まれ多種多様なバリエーションが札幌のみならず東京にまで飛び火し、一過性のブームで終わることなくしっかり定着した感がある。

ラーメンにおいてもスープカレーにおいても、まるでスマートフォンのように“世代交代”やその時代に応じた“戦争”もある。
そうしてその2大メニューは、新たな融合を果たしてまた一歩異なるベクトルへと進んでいる。
それがスパイスラーメンというものだ。
とどのつまりはスパイスカレーとラーメンの融合であるが、室蘭のカレーラーメンや名古屋の台湾ラーメンのようなものでもない。
敢えて言えば、札幌のスープカレーとラーメンによる創意工夫と融合というべきだろう。

個人的見解では、その筆頭を走ってきたのは「虎乃虎」(とらのこ)でないだろうか?

寅乃虎(とらのこ)

札幌市の西部に位置する高級住宅地と定義づけられる円山エリア。
戸建を押しつぶすように賃貸マンションや分譲マンションが乱立し、現在では高級住宅地と言えるかどうか疑問だが、それでも左腕にブランドマークの入ったダウンジャケットをこれ見よがしに着用している人を多く見かけるのは気のせいではない。
全国に名を轟かす寿司店や高品位を醸し出す飲食店も点在している。

ラーメン店も昔ながらの外貌と雰囲気を有した店はむしろ少ない。
その奥の住宅地が密集しているエリアに、まるで銀の鱗を纏った建物が忽然と現れる。幾度か訪れたこの店の外観は一度目にすると記憶に刻まれることは確かだ。

入店した時には13時を過ぎていた。
券売機で「とらのこらーめん一ノ寅(こってり)」(900円)のボタンをためらいもなく押した。
コの字型の大きなカウンターが広がる店内は、ラーメン店とは思えぬ簡素で無機質な空間でどこか凛とした空気を放っている。
昼時を過ぎたせいか、仕事の話をしながらすでに食している男女の客2名とラーメンを待つ若い男性客2名だけだった。

カウンターの一番奥の席に座すと、オーナーらしき年配の人物が水を持って現れた。
「ランチでお願いします」
と私は食券を渡しながら言うと、
「辛さは辛さ強めできますよ。いいですか?」
とオーナーらしき人物が陽気な口調で隙なく尋ねてきた。
私はそこでも何のためらいもなくお願いしますと応えた。
それにしても、この店の風格や雰囲気からして“大将”という表現は該当しないような気がしてならない。

とらのこらーめん一ノ寅(こってり)(900円)※ランチサービス

程なくして奥の厨房からトレイを持った若いスタッフが現れた。
それは久方ぶりのスパイスラーメンだった。
鼻孔を駆け抜ける薫り自体は、ラーメンを目視しなければスープカレーと言っても良い。
スパイスとスープが混濁する鮮烈な黄土色の中に箸を挿入し、麺を思いのままに持ち上げた。
麺の色合いはスープに似せてあるかのようだが、まさしく札幌ラーメンの王道と言える中太縮れ麺である。
むせ返ることがないように、辛さを確かめるべくゆっくりと啜った。
優美な辛さが漂ったかと思うと次第に次の辛さが波打ち、さらに次の辛さの波が覆う。
だが、ただ辛いというわけではない。
ラーメンスープのコクがスパイスに絡み、スープカレーに似て非なるスープとして確立した何かを有しているのだ。
四方が炙られた厚いチャーシューに箸を伸ばした。
噛み千切ろうとすると、チャーシュー自身がそれを拒むように自ずと砕けて解けていく。
再び麺を食べ進めながらも木耳、玉子、メンマといった具材で容赦のない辛さの進撃をかわし続けた。

そうして麺も具材も消えた後、いよいよランチサービスのライスを残ったスープに投入する。
この流儀はスープカレーと同様だ。
その時、私の中で一つの大きな融合感覚が生じる。
それはスパイスラーメンとスープカレーという垣根を超えて頂上に辿り着いた感覚であり、そこまで辿り続けなければ堪能できない享楽というようなものだ。

額と目元の辺りに汗が滲み出るのを感じた。
私は満足を超えた奇妙な達成感に小躍りしながら、火照った体を冬の気配で冷やしながら円山エリアを後にするのだった……。

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