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音楽遍歴:トトロが落としていったドングリを拾うように

中トトロや小トトロが落としていったドングリ。それを次々と見つけては拾い上げるメイ。

私の音楽の聴き方はいつもそんな感じでした。

次々と目につくドングリを拾うように、次々と自分のアンテナに引っかかった音楽を、次々と心に拾い上げる。

そんな私の音楽遍歴です。

1個目のドングリは父

父がそもそも音楽好きでした。子どもの頃、家には、父が20年以上使い続けていた真空管のステレオがありました。

毎晩のように、父はウイスキーを飲みながら、レコードに針を落として聴いていました。

当時の私には分からない音楽ばかりでしたが、ペレス・プラードの音楽は、子ども心にも楽しかったですね。

ペレス・プラードの名前は知らなくとも、「マンボ」と言えば、あのサウンドとリズムが脳内再生される人は多いのではないでしょうか。

(↑父が持っていたのはまさにこのジャケ)

他に父が聴いていたのは、パーシー・フェイス、ビリー・ヴォーンといった、イージーリスニング系の音楽でした。

私が今でも、歌詞付きの曲よりも、インスト系の音楽が好きなのは、そういった父の影響もあるかもしれません。

とにかく物心ついた頃には、家の中で、上質なサウンドがいつも鳴っていました。そんな中で、自然と音楽に親しむ素地が整えられていったのでしょう。

2個目のドングリはさだまさし

父から特に影響を受けたのは、さだまさしでした。

さだまさしの音楽に、いかにしてハマっていき、いかにして父をも凌ぐさだまさしファンになったかは、既に記事に書いたので、以下をご覧ください。

さだまさしを最も熱心に聴いていたのは、10代から20代の、自分の人生の中でも、まさに多感でエネルギッシュな時期。

さだまさしのコンサートに通う中で知り合った友人も多くいます。

心身の両面においても、その後の人生に与えた影響においても、さだまさしは途方もなく大きな存在でした。

3個目のドングリはクラシックギター

さだまさしを聴いていると、自然とギターを弾いてみたいという欲求が生まれてきます。

まずは「北の国から」を弾いてみたかった。ドラマもリアルタイムで見てましたし、純や蛍は常に自分と同世代。「北の国から」は思い入れの深い作品でした。

しかし、独学では限界があり、大学入学とともに、ギターを教えてもらえそうなサークルに入りました。

ロック系、フォーク系、民族音楽系さまざまなサークルがありましたが、もっとも初心者に門戸を開いていそうなクラシックギター部に入りました。

ギター・マンドリン合奏主体の団体で、クラシック音楽が原則でしたが、学生は何でもアリなので、結構いろいろなジャンルを演ってました。ジブリアニメあり、J-POPあり、洋楽あり。私もさだまさしをレパートリーに持ち込んだりしました(笑)。

クラシックで学んだ技術は、ほぼそのままさだまさしのギター演奏に活かせました。

また、クラシックを学んでいくうちに、タレガやアルベニス、グラナドス、ファリャといった音楽家の知識も増えていき、徐々にクラシック方面へとアンテナが広がりました。

在学中に、ナルシソ・イエペス、ジュリアン・ブリー厶、マヌエル・バルエコ、荘村清志の生演奏を聴けたのも大きかった。

特にマヌエル・バルエコの演奏は、次の大きなドングリを落としていくことになります。

4個目のドングリはジャズ

マヌエル・バルエコのプログラムは、前半がグラナドスのスペイン舞曲から数曲と、J.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番BWV1003。

ここまでは定番です。

後半は、チック・コリアのChildren's songsから数曲とSometime Ago、そしてキース・ジャレットのケルン・コンサートPart Ⅱc。

度肝を抜かれました。

それまでの人生で全く聴いたことのない音楽だったので。

しかも本来のピアノでも難しそうな曲をクラシックギター一本で。

(↑これはバルエコ本人の演奏ではありませんが)

原曲は一体どんな?という興味から、ジャズへの扉が開きました。

ジャズはあまり深みにハマらず(本気でハマろうにも奥が深すぎて)、有名どころの名盤をまさにドングリを探すように漁っていく感じでした。

チック・コリアとキース・ジャレットの他に、マイルス・デイヴィス、ビル・エヴァンス、ハービー・ハンコック、ジョン・マクラフリン、アル・ディメオラ、パット・メセニー、ジャンゴ・ラインハルト、ステファン・グラッペリ…。

20代後半の時期を中心にこういったアーティストの盤を聴いていました。ピアノとギターが多いですね。

いろいろドングリ拾って歩くけど、最終的にやっぱりここがいいな〜と、いつも戻ってくるところは、チック・コリアでした。

特に、エレクトリック・バンドCCEBとアコースティック・バンドCCABのそれぞれの1枚目のアルバムは、今でも愛聴盤ですね。

5個目のドングリはモーツァルト

そのチック・コリアが、多摩水上ステージで、新日本フィルとともに披露した、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番の演奏に、また度肝を持って行かれます。

これが今度は、ジャズからモーツァルトへと導かれる大きなドングリになります。

30代前半はモーツァルトばっかり聴いてた覚えがあります。しかも、ピアノ協奏曲ばっかり。

全曲コンプリートしたのは、ウラジーミル・アシュケナージ弾き振りフィルハーモニア管弦楽団のCD BOXでした。

アシュケナージのモーツァルト弾き振りは、生でも聴きに行きました。パドヴァ管弦楽団との組み合わせ。めっちゃ楽しそうに弾き振りしてたのが、鮮やかに記憶に焼き付いています。

ピアノ協奏曲に特化して聴いてしまうのは、たまにこういう弾き振りというカッコいいパフォーマンスに出会えるからでしょうね。

6個目のドングリはバッハ

仕事でミュンヘンに出張に行ったことがあります。

ミュンヘンは、若きモーツァルトも訪れたことのある街。ミュンヘンで書き上げられたピアノソナタもあります。

そんなモーツァルト気分で行ったミュンヘンでしたが、帰国したらバッハ気分に変わっていました。

仕事の空き時間に、「地球の歩き方」で見つけたシュライスハイム城に行ってきました。ここでカール・リヒターが、バッハのブランデンブルク協奏曲を演奏するという映像作品があります。

これにすっかり魅せられてしまい、以後バッハファンに。

30代後半から現在に至るまで、聴いている音楽の中心は、ほぼバッハですね。

当初はブランデンブルク協奏曲が好きでよく聴いていましたが、やがてマタイ受難曲を知り、教会カンタータ約200曲を知り、徐々に深みにはまっていきました。

今、バッハの曲で最も好きなのは、オルガン曲パッサカリアBWV582です。何度聴いてもすごい曲です。まだ生で聴いたことがないので、いつか聴きに行きたい。できれば教会で…。

また、日本でバッハといえば、やはりバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)です。

世界的な知名度と実績を誇るバッハ音楽の演奏団体。こんな素晴らしい人たちの演奏を自国で味わえる幸せ。

まだまだドングリは続く

とりあえずバッハのドングリまでが、私の音楽遍歴です。この先まだ新しいドングリがあるのではないかと、音楽の庭をメイのように歩き回りながら、楽しみにしております。

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長文になりました。ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございます。

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