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これ、傑作だと思う…難病の少女との心震えるラブストーリー #5 ぼくときみの半径にだけ届く魔法

売れないカメラマンの仁はある日、窓辺に立つ美しい少女・陽を偶然撮影する。難病で家から出られない陽は、日々部屋の中で風景写真を眺めていた。「外の写真を撮ってきて頂けませんか?」という陽の依頼を受け、仁は様々な景色を届けることに。写真を通して少しずつ距離を縮めるふたり。しかしある出来事がきっかけで、陽が失踪してしまい……。ミリオンセラー『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』の七月隆文さんが贈る『ぼくときみの半径にだけ届く魔法』。一部を抜粋してご紹介します。

*  *  *

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コンビニの袋がかさかさと鳴る。

こうして三人でアパートに向かっていると、ほんとにあの頃みたいな気分になった。

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「このへん変わってねえなぁ」

加瀬が狭い路地を見回しながらつぶやく。

花木もそういうふうにして、表情で同意していた。

これからうちで、二次会的なことをやる。加瀬は最初からそのつもりだったらしい。

ぼくのアパートが見えてきた。

ひっそりとした住宅街の中、無個性な二階建てが蛍光灯のか細い白さに浮かんでいる。寿命の近い蛍光灯がひとつチラついていて、ぼくはそれがとても恥ずかしくなった。

花木がカバンからフィルムカメラを出し、軽く移動しながらパチリ、パチリ、と二枚撮った。

「撮っとこ撮っとこ」

加瀬もiPhoneを取り出し、撮る。

ぼくが今も住んでいるこの場所を二人が記念のように収めることに、微かな胸のうずきを感じた。

それを押し殺して、ドアノブに鍵を差す。

開けると、見慣れたコンクリートの土間と、小さなキッチン。

「おおー懐かしい!」

「仁のアパートのにおいだ」

二人がそれぞれ感想をつぶやく。

「ちょっと片すから待ってて」

「えーいいじゃん、散らかってても」

「よくねーよ」

台所と部屋をつなぐガラス戸を閉め、畳の上に散らばったものを片付けていく。

「来るなら事前に言っとけよ」

「こういうのはサプライズだから面白いんじゃねーか」

「カノジョにやれよ」

「あー、こないだいきなり羽田から北海道連れてってラーメン食わせたけど、喜んでたぞ」

「マジか」

「前に食いたいって言ってたのはあるけどな。もう目ぇキラッキラさせてな。女ってほんとサプライズ好きだから、お前らもやってみ? マジ喜ぶから!」

「加瀬のそういうところ、すごいと思うよ」

花木が真面目に褒めていた。

「お待たせ」

片付けを終え、二人を部屋に上げる。

「そうそう、こうだった! 仁の部屋」

「パソコンが変わったぐらい?」

「あのスタイケンのパネルとかな! この座卓も。うわー、なんかちょっと鳥肌立つわ」

「隣いるんだから、もうちょい静かに」

「そうそう、それな」

買ってきた酒とつまみを座卓に並べていく。

チューハイグレープフルーツ、スミノフ、ウーロン茶、ポテトチップス、チョコ、チーズ鱈、カシューナッツ、開けていくと、それぞれのにおいが混じり合って、そこにふっと当時がよみがえった。

「じゃあ改めて」

抑えた声で乾杯する。

卒業して以来の、ぼくのアパートでの飲みが始まった。

「澤田、結婚するらしいぞ」

「マジで?」

話題はやっぱり、さっきの同窓会でのこと。

「山口、最初わかんなかった」

「ギャルだったもんなー」

「花木、LINE交換してたじゃん」

「頼まれたから……」

誰と誰が付き合って別れたとか、そういう他愛のない話が続いていく。

でもぼくはだんだんこの会話の中に、ある不自然さを覚えるようになっていた。

二人が、自分たちの仕事の話をまったくしない。

――気を遣われている。

という思いが一方的に膨れあがり、その息苦しさに耐えきれず、自分から破った。

「そういや加瀬、みんなと話してたときグアムに行ってたって聞こえたけど」

「ん? ――ああ」

なんでもないふうに応え、

「夏の写真撮りに行ったんだよ」

「そういうことか」

広告は基本、シーズンを先回りして撮る。だから今は夏に向けた制作で、つまり、夏の野外の光線がほしかったってことだろう。

「バブリーだね」

花木が感心したふうに言う。普通なら照明やレタッチでなんとかしたり、野外で外国でという企画自体避けるところだろう。

「たしかに金はかかってたな」

大きな広告主だということがひしひしと伝わる仕事を、加瀬はちょっと目を逸らしながら他人事みたいに話す。

「すげえな」

ぼくは素直にそう言うしかない。

「戸根さん、元気か?」

加瀬が話題を変える。やっぱり気を遣われている。

「ああ。お前と花木のこと、よく話してるよ」

そのとき、ぼくは思い出した。

「……なあ花木」

「なに」

「お前に会いたいって子がいるんだけど。新しくバイトに入ってきた子でさ」

なつきちゃんとの約束。べつに守らなくてもバレることはないけど、なんだかそれは卑怯だから、やりたくなかった。

「その子、すげーお前のファンなんだって」

「そう」

薄い反応。

「どうする?」

「いや、いいよ」

即答。あいかわらず恋愛には興味がないようだ。

「そうか」

ほっとしたのを出したくなくて、つとめてさりげなく言った。

そんなぼくたちを加瀬が見ていて、飲んでたコップをことりと置いた。

「なんか遊べるもんない?」

立ち上がって、部屋を物色しだす。

「ゲームなかったっけ?」

「売った」

「あー、オレもやんなくなったわー」

と、花木がいつのまにかぼくのポートフォリオを手にしていた。

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「! あっ」

思わず声が出る。あれも片付けておくべきだった。

止めるまもなく、花木が問答無用でページを開く。

「お、ポートフォリオ?」

加瀬も花木の横に並ぶ。

「……」

ぼくは仕方なく向かいからその様子をみつめる。膝の上のこぶしが、緊張で硬くなった。

二人はぱらぱらとページをめくっていく。何も言わない。そのまなざしには退屈がにじんでいるように映った。

加瀬はどうコメントすべきか迷い、花木はもう口から出ようとしている。そんな感じだ。

心臓が嫌な動きをする。

でもそれは二人の現時点の反応に傷ついたということより――最後のページが近づいていることの方が大きい。

あの写真。

もしあれを見ても二人の反応が変わらなければ。たいしたことないとジャッジされれば、ぼくのモチベーションはひどい痛手を負うだろう。想像しただけで、胃が鳴りそうだった。

そしてついに二人が最後のページを――─めくった。

やった。

目の色が変わるという表現の内容を、ぼくはこのとき理解した。それは光が強くなることで黒目が相対的に引き締まるという変化だった。

加瀬の眉が、ゆっくりと持ち上がる。

「……いい感じじゃん」

つぶやきが六畳間にいき渡り、部屋が静まりかえっていたのだと気づく。

「仁」

花木が明るい顔でみつめてきた。

「これ、すごくいいよ」

体の奥が、かっと熱くなる。

花木は写真に対して正直な奴だ。いいと思ったものはいい、駄目なものは駄目、それをはっきり口に出してしまう性格で、学生時代にはぼくたちを含めクラスメイトと何度もきわどい場面を作った。卒業するまでの二年間、花木がぼくの写真をいいと言ったことはついに一度もなかった。その花木が、

「傑作だと思う」

ぼくの写真に、そこまで言った。

目の奥が痛くなる。うっかり泣きそうだった。

「もしかして、レタッチしてない?」

加瀬が写真を見つつ聞いてくる。

「してない」

「ほえー」

変な声を出し、仕事の鋭い目つきで改めて写真を睨む。

「たしかにこれ、いじったらダメだわ。いやー、奇跡の一枚だなあ」

「これは誰? モデルじゃないよね」

「おう、それな。めっちゃ綺麗だよな。偶然撮ったって感じだろうけど、ちゃんとコンタクトしたか?」

「ああ、許可をもらいに」

「誰? 誰? すげーお嬢様っぽいけど」

ぼくは彼女とのいきさつを簡単に話した。

すごい屋敷に住んでいること、外に出れない病気らしいこと、ぼくへの依頼。

二人は真剣な顔で聞き終えたあと、すぐに、

「シリーズにすべきだ」

加瀬の言葉に、花木もうなずく。

シリーズ――つまり、彼女の写真を撮り続けて、ひとつの作品に纏めるということだ。

それをコンクールに出して受賞すれば実績になる。評判しだいで展覧会や写真集にもつながって、念願の写真作家としての道が開けていく。たしかにそれは、ぼくとしてもぜひやりたいことだ。

「……でも、許可はポートフォリオだけって条件なんだ」

「拝み倒せ」

「え」

「こんな一枚撮ったら、もうやるしかねえだろ。写真家として。写真家、須和仁として」

加瀬のこういう言い回しは、酒が回ってきたサインだった。

「それでコンクールでもなんでも獲って、どーんっとブレイクして、花木が泣いて謝るぐらいになってほしいんだよ」

「なんで僕が謝るの?」

「真面目か」

加瀬がつっこんだ。

「とにかくよぉ、売れてほしいんだよ仁」

「なんで」

「そしたら気持ちよく飲めるだろ」

直後、加瀬がはっとなった表情になる。

ぼくにも、その意味が伝わる。

やっぱり、気を遣っていたんだと。

加瀬は酔いに任せるように、そのまま続けた。

「やだろこんなの、お互い」

ぼくは加瀬の思いと、自分への歯がゆさを嚙みしめた。

「……ああ、いやだな」

深夜の部屋に、しんみりとした沈黙が降りる。それは学生の頃とは質が違う、けれど熱くて青い、ひたむきな空気だった。

くしゅんっ。

花木がこのタイミングでくしゃみをした。

「ごめん」

「お前! こっちがすげーいい感じにしんみりしてたのに!」

「だからごめんって」

加瀬がぐわーっと摑みかかろうとして、膝を座卓にぶつけた。

「痛え!」

「静かにしろよ」

時計を見ると、零時近い。

これからぼくたちは久しぶりに、始発までだらだらと飲んで過ごすのだろう。

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ぼくときみの半径にだけ届く魔法

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