「てめえ、さしずめインテリだな?」フーテンの寅さんが大衆から愛されたワケ #4 人生は名言で豊かになる
つらいとき、悲しいとき、古今東西の「名言」が、自分を助けてくれることがあります。『人生は名言で豊かになる』は、高杉晋作、リンカーン、黒澤明、『男はつらいよ』、『もののけ姫』など、歴史上の人物からアーティスト、映画の登場人物のセリフまで、心に響く名言を多数収録。どのページを開いても、気持ちが前向きになることうけあいです。そんな本書から、珠玉の名言をいくつかご紹介しましょう。
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「おっ、てめえ、さしずめインテリだな!?」
――映画『続・男はつらいよ』より
今も記憶に残るスクリーンの中の寅さん
『男はつらいよ』シリーズはテレビでは何度も観ているけれど、映画館で観たのは一度しかない。1975年2月の終わり、映画館は伊勢丹裏の新宿松竹だった。
なぜ、40年近くも前のことを憶えているかといえば、その日は早稲田を受験する前の日だったからだ。
その日、私は受験会場の理工学部を下見し、目の前の明治通りから新宿西口行きの都営バスに乗った。理由は、ただ新宿に行ってみたかったから。
混沌としていて、つねに新しい文化を生み出している刺激的な街――田舎の高校3年生は新宿にそんなイメージを抱いており、東京に出てきたからには、新宿を見ないで帰るわけにはいかないと思っていたのだ。
伊勢丹裏のバス停で降り、東口周辺を歩き回った。しかし、紀伊國屋書店に入って映画の本を立ち読みし、地下で餃子定食を食べると、もうやることがなかった。まだ昼過ぎである。
靖国通りに出ると、映画の看板が目に入った。『砂の器』と『男はつらいよ・寅次郎子守唄』の二本立てだった。
『砂の器』は、私の両親が田舎の映画館で観ており、なかなかの傑作だといっていたから、すぐに食指が動いた。『男はつらいよ』は「一度くらいは観ておいてもいいか」くらいのつもり。まあ、評判の近作映画が二本立てで1000円程度で観られるのなら安いものだ。
最初に観たのは「寅さん」で、はい、大いに笑いました。次の『砂の器』で、渥美清が映画館の支配人役で出てきたときには、それだけで観客がドッと笑ったほど。それほど寅さんと一体化した渥美清は人気があったということである。
寅さんが語った「愛とは何か?」
次に寅さんを観たのはテレビで、『葛飾立志篇』だった。ヒロインは考古学の助手をしている礼子。例によって礼子に恋した寅さんは、相手が学者だからという理由で、急に勉強しようと思い立つのだが、もともと勉強など好きなはずもない。
なにせこの男は、相手が学者や医者と聞くだけで、
「おっ、てめえ、さしずめインテリだな!?」(続・男はつらいよ)
というほど敵意をむき出しにするのだから。
ところが、ちょっと本を読んだり、偉い人から知恵を授けられると、すぐにその気になって、「とらや」の隣の印刷工場の工員に対して、
「おい、労働者諸君! 君らもハンマーを捨て、ペンを取れ!」(葛飾立志篇)
などと偉そうにいう(寅さんはマルクス主義者か)。
しかし、そんなお調子者の寅さんではあっても、ときにはインテリを感心させるようなことをいうのが、脚本を書いた山田洋次の手柄だ。
『葛飾立志篇』にもそんなシーンがあった。じつは礼子の恩師である田所博士は彼女が好きなのだが、恋愛についてはとんと奥手で、何もできない。そんな彼に、寅さんが「愛とは何か」について語るシーンである。
「あーいい女だなあ……と思う。その次には、話がしたいなあ……と思う、ね。その次には、もうちょっと長くそばにいたいなあ……と思う。そのうちこう、なんか気分が柔らか~くなってさ、あーもうこの人を幸せにしたいなあ……と思う。もうこの人のためだったら命なんかいらない、もうオレ死んじゃってもいい! そう思う。それが愛ってもんじゃないかい?」
名セリフといっていい。愛というものの本質をふつうの言葉で語り、余すところがない。愛とは、理屈ではなく、結局こういうことなのだ。
寅さんは、学問はないけれど、人間の心の機微には通じている。さらに旅から旅へ香具師をしながら生きていける生活力もある。学問はあっても、人の心がわからない鈍チンや生活力のない偏差値バカと比べれば、どちらが人間としてうらやましいかはいうまでもない。
寅さんが人々から愛され、『男はつらいよ』が国民的映画といわれる所以である。
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