聞いてみたい、なぜその人を選んだの? #2 スーパーマーケットでは人生を考えさせられる
スーパーマーケットでは、人生を考えさせられる。人間とは、男とは、女とは、夫とは、妻とは、老人とは、赤ん坊とは、犬とは、働くとは、人の親切とは、生きるとは……。詩人、銀色夏生さんの『スーパーマーケットでは人生を考えさせられる』は、行きつけのスーパーで考えたことを、独特の感性でつづったエッセイ集。なんてことはない日常が、ちょっと目線を変えると味わい深いものになる、そんな本書の一部をご紹介します。
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男女のことはわからない
こんなカップルがいた。
女性は20歳前後。すごく痩せていておしゃれ。大きなマスクをつけてて、タレントかもと思う。男性は20代後半、地味で清潔感あり。ぶらぶらとチョコレート売り場を通り抜けて出て行った。
あの男性、あんなきれいな彼女がいていいなと、私は男の心で思う。別にタイプというんじゃないけど。あんなおしゃれできれいな女の子とつきあうってどんな感じなのかなと、想像しようとしたけど想像できない。
そういえば、どんなにきれいな人でも、素敵な男性でも、友だちになってしまえばすぐにその顔には慣れちゃうよね。顔には慣れる。
だって話すと普通なんだもん。
こんなカップルもいた。
すらりとした美人。カートを押す男性。ふたりで買い物をしている。一緒にいることに慣れている感じ。長年連れ添ったご夫婦だと思う。
こんなご夫婦、どんな結婚生活を続けてきたのだろう。いろいろあっただろう。でも別れずに今まできた。こんなに慣れて。
人が人と連れ添う。
不思議。
長く続くカップルもいれば、すぐに別れるカップルもいる。
このカップルにも、あっちのカップルにも、それぞれの歴史がある。
他の人ではなく、なぜその人?
組み合わせを変えても、それはそれでやってけるんじゃないかな。
お互いに「その人を選んだ」というところになにかがありそう。
私はひとりの人と長くつきあったことがないのでどうしてもそこのところがわからない。どうやら私は人をすごく好きになったり、人を必要としたりしないようなので。
私はカップルとは別世界の住人。死ぬ前にいっぺん、だれかとカップルになりたいわ……。
いい人がいいわ……。
ニンジンが気になって……
今年の冬は暖冬かと思ったら急に寒くなって雪も積もった。
今日もスーパーに行って、野菜売り場を通った。トマトのあたりを通過しようとしたら、前のカゴに細いニンジンが8本ぐらい袋に入って並べられていて、それを見た30代らしきカップルの女性が「えっ! なんで、なんでここにあるの? これ、すっごくおいしいんだよ!」とものすごく驚いてる。
あまりにも興奮しているので私も気になって、近くの野菜を見ているふりをして話を聞く。
そのニンジンは細くて小さくて葉っぱが長くついているニンジンで、皮ごと食べられてとても甘いのだそう。
カップルがずっとそこから動こうとしないので、私はたまりかねて、今通りかかったような顔をしてそのニンジンをひと袋つかんだ。
レジのところで会計しようとしていたら、まだカップルはそこにいて係の人に話まで聞いている。農家の方から直接仕入れています、なんて言ってるのが聞こえる。市場にはあまり出回っていないのだそう。
へえー。
家に帰ってさっそく食べてみた。
そんなに甘くもおいしくもなかった。
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スーパーマーケットでは人生を考えさせられる 銀色夏生