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久しぶりの同窓会にて…難病の少女との心震えるラブストーリー #4 ぼくときみの半径にだけ届く魔法

売れないカメラマンの仁はある日、窓辺に立つ美しい少女・陽を偶然撮影する。難病で家から出られない陽は、日々部屋の中で風景写真を眺めていた。「外の写真を撮ってきて頂けませんか?」という陽の依頼を受け、仁は様々な景色を届けることに。写真を通して少しずつ距離を縮めるふたり。しかしある出来事がきっかけで、陽が失踪してしまい……。ミリオンセラー『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』の七月隆文さんが贈る『ぼくときみの半径にだけ届く魔法』。一部を抜粋してご紹介します。

*  *  *

「お前さ、何が好きなの?」

「え」

「答えられねえだろ」

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ブックの端をつつく。

「何回見ても、それがぜんぜん伝わってこねーんだよ」

「……」

思ってなかったパンチを食らい、脳が止まる。

好きなもの――でもファイルしている写真はぼくがあちこちに行って、いいと思ったものをたくさん撮って、さらにその中から厳選している。なのに。

なのに、言い返せないのはどうしてだろう。

沈黙するぼくから目を逸らし、戸根さんはアイコスを吸う。焦げたにおいが一瞬、立ちこめる。

「お前、作家志望なんだろ?」

「……はい」

深海で息を吐くみたいに、細く答えた。

向いてないんじゃないか? 暗にそう言われているのがわかったからだ。

「作家、食えねえぞ。それだけで食ってるのは数えるほどしかいない。花木はそういうほんの一握りだからな」

ぼくはうつむいたまま、奥歯を嚙む。

ラウンジに流れるゆったりとした洋楽が頭の中にやたらと響く。

「花木に聞いたらどうだ」

戸根さんが言う。

「あいつの方が最近のことわかってるだろうし、お互い話しやすいだろ」

ぼくは言葉が返せない。

「あいつ元気か?」

「……たぶん。最近、あんま連絡してないんで」

「せっかく友達に売れっ子作家がいるんだから――」

戸根さんのスマホが着信に震える。

「あーどもども、お世話になってます。――いえいえ」

なじみのクライアントらしい。すぐ話し込むモードに入る。

空気を読まなくてはいけない。

ぼくは途中まで開かれたポートフォリオを引き取り、一礼してラウンジを出た。

花木は今、作家業だけで食える日本でも数人しかいない写真家の一人だ。あいつの写真には、見ると口許が緩むような独特の温かみがあり、万人に好かれる作風だと納得できる。特に人物の撮影に強い。ぼくが今助言を請うのにあいつ以上の人間はいないかもしれない。

でも――。

低いタラップを下り、撮影スペースを抜け、用具置きを兼ねたスタッフの待機場所へ。

「ジンさん!」

なつきちゃんが目を輝かせながら詰め寄ってきた。

「な、何?」

「ジンさんって、花木良祐と友達なんですか!?」

浮き上がっていた気持ちが、すっと平らになった。

「まだ聞いてなかったっけ」

「ここで働いてたっていうのは聞きましたけど、ジンさんが友達は初耳です!」

かつて花木と加瀬も、ここでバイトしていた。それはこのスタジオのちょっとした伝説になっていて、戸根さんもよくクライアントに話している。

なつきちゃんにぼくのことが伝わってないのは話した人が気を遣ったのか、話すほどのことではないと思ったのか。

「わたし大ファンなんです! あの、会うことってできませんか? 無理めですか??」

なつきちゃんのテンションはこれまで見たことのないもので、本当に好きなんだっていうことが熱として伝わってきた。その温度がぼくの心をねじ曲げようとしてくるのを、かろうじてこらえる。そんなみっともないことできない。

「今度聞いてみるよ」

「ほんとですか!? やったーっ!」

無邪気にバンザイし、そのままぼくの肩をばしばし叩いてくる。

二年生の夏休み、花木と加瀬とぼくの三人でバイトを始めた。

そして、ここでもぼくは一人置いていかれている。

かっこ悪くてすぐに辞めたかったけど、まわりにその気持ちを悟られたくないという意地を引きずって今に至っていた。

花木に作品のアドバイスを請うという選択肢は、わかる。

でも――プライドが許さなかった。

あいつの容赦のない言葉で関係が壊れてしまうのが怖いとか言い訳しながら、結局はぼくのなりたいものになっている同級生への悔しさ、一方的なわだかまりだった。

みっともないとわかりながら、けど、どうしようもなかった。

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「えーみなさん、本日はお集まり頂きありがとうございます!」

加瀬が代官山の夜景を背に乾杯の音頭をとる。

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ロン毛でイタリア人みたいな彫りの深い顔、日焼けした肌。マリンスポーツ大好きという海キャラを全身で表現していた。

メキシコ料理店のルーフトップバー(ビルの屋上テラスで飲む場所をこう言うらしい)。

シックな布張りのソファが並べられ、暖色の照明がムーディーな空間を作り出している。加瀬らしい店のチョイスだ。

「というわけで、かんぱーい!」

みんなと一緒にグラスを掲げ、ぼくは席の近い元クラスメイトたちと乾杯していく。

専門学校の同窓会が始まった。

隣に座る花木と、最後にグラスを合わせた。

ひょろりとしていて飄々。個性派俳優という感じの風貌だ。クラスの女子に「妖怪にいそう」といじられたこともある。一年半ぶりだけど、まったく変わっていないように見えた。

「ほんと久しぶりだな」

何を話していいかわからなくて、会った最初に言ったことを「ほんと」を足して繰り返す。

「ああ」

花木は太くて丸い声で応える。それだけ。しゃべる方じゃない。ぼくは生まれた少しの間にも耐えられず、

「どうだ、やっぱ忙しいんだろ?」

卑屈になっている自分がわかって、ものすごく嫌だった。

「よく言われるけど、そうでもないよ」

花木はあくまでマイペースにウーロン茶を傾ける。

「ねえ花木くん」

女子たちが離れた席から話しかけてくる。

「西山藍の写真集やるんだって!?」

「ああ、うん。もう終わったけど」

「すごーい!」

そうはしゃいだのは、花木を「妖怪にいそう」といじったあの子だった。

超有名アイドルの名前に、まわりの男からもすげーと声が洩れる。ぼくも驚いた。そんな仕事までやってたのか。

ずっとずっと、先を行かれている――。

「なあなあ、西山藍、どんな子だった?」

あっというまに質問攻めになった花木を横目で見つつ、ジンジャーハイボールをちびりと飲んだとき、

「よ」

反対側から加瀬が来た。

隣の隙間に座る。どすん、という圧が風のように伝わった気がした。

「チィーッス」

持っているシャンパングラスを差し出してくる。

「乾杯」

かちんと合わせた。

「来てくれてサンキュな」

こういうことをさらりと言える奴で、正直こいつの美徳だと思う。

「いや、お前こそ幹事お疲れ。大変だったろ」

忙しいのに、という言葉をすんでのところで飲み込む。

「べつに。そろそろ一回集まっとこっかなーって気が向いただけだから」

慣れた仕草でシャンパンを飲む。佇まいに、以前にはなかったオーラを感じた。

「仁、最近どうよ」

「ん……」

なんと答えようか葛藤が生まれたとき、

「加瀬」

学生時代あまり絡みのなかった奴が加瀬のわきに来た。薄い皮膚にひらっとした笑みを貼りつけて、

「ちょっといいか?」

「おう」

鷹揚に立ち上がった加瀬を連れ、人のいない隅っこに向かっていく。たぶん仕事の紹介を頼むか、一緒になんかやろうとか、そんな話だろう。

ぽつんと残る。

やっぱり今日はクラスの出世頭の花木と加瀬が主役で、引っ張りだこになるんだな。

ぼくは妙に客観的な調子で、心の中でつぶやく。

「あそこ、観光バスが来ちゃってもうダメ」

「えっ、今そんなことになってんの?」

「インスタで有名になってとどめっていうか」

斜向かいで風景の撮影スポットの話をしている。穴場が穴場でなくなったという内容だ。ぼくはそっちに合流し、かつて交流があったりなかったりの面々と同窓会を過ごしていく。

みんなどこかの写真スタジオで働いてたり、だいたい似たり寄ったりの境遇だったけど、

「先月、カメラマンに昇格できたの」

「おーやったじゃん!」

「課題とかあった?」

「ビール缶の切り抜き」

「難しいよなー」

働くスタジオで、アシスタントから所属のカメラマンに昇格できたり、

「実は、次のフォトマガジンで準入選した」

「こないだ上げた写真が、いいね五万近く行って、フォロワー一気に増えた」

着々と足場を固めていたり、結果を出している人が何人もいた。

――ぼくは何をやってるんだろう。

自分への苛立ちとあせりを感じて、料理も酒もほとんど入らなかった。

そして、お開きの時間になった。

加瀬が締める。二次会を用意しているかと思いきや、言及はなかった。あいつは忙しいんだろうとみんな想像して、何も言わなかった。

帰り支度をしながらあちこちで「このあとどうする?」と話している。ぼくはそういう気分になれず、一足早く店を出た。

狭く曲がりくねった道をマップ頼りに進み、代官山駅に。

打ちっ放しのコンクリートの薄暗いホームで一息ついたとき、着信が来た。

加瀬だった。

『お前、今どこ?』

「……駅」

早っ! とつっこんできて、

『まだ電車乗ってないよな? 今から花木とそっち行くから!』

……え?

◇  ◇  ◇

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ぼくときみの半径にだけ届く魔法

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