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本当の自分をさらけ出せるのは、匿名のSNSだけ

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大山正紀は女友達からメールを貰い、待ち合わせ場所に向かった。約束の時間より二十分早く着いてしまったので、公園に埋められた遊具のタイヤに座って時間を潰した。

保育園の子供たちが若い保育士と一緒に遊んでいる。

正紀はその光景を眺めた。子供たちは元気よく走り回ったり、縄跳びをしたり、それぞれ楽しんでいる。無垢な姿は、穢(けが)れを知らないアニメのキャラクターと同じで、美しい。

正紀の前にワンピースの女の子がやって来た。

「これ、あげる」

泥だらけの両手に泥団子を載せている。初対面の人間に対して全く警戒心がなく、人懐っこい。

正紀は「ありがとう」と受け取った。むしゃむしゃ、と食べる真似をすると、女の子が笑顔になった。

保育士がその様子に気づき、「すみません……」と恐縮しながら頭を下げた。

「子供は好きですから。無邪気で、天使ですよね」

「そうなんです」保育士がほほ笑んだ。「本当に可愛らしいです」

同年代とはうまく付き合えない。三人以上で集まれば、必ず自分一人がはみ出る。話も無理やり合わせているだけだ。本当の自分をさらけ出せるのは、匿名のSNSだけ──。

「どうせなら、子供に関わる仕事に就きたかったなあ、って思っています」

不純な動機が透けて見えないように注意した。

「目が離せなくて大変ですけど、楽しい仕事ですよ。自分には天職だと思ってます」

正紀は相槌を打ちながら話を聞いた。非モテをこじらせた冴えない外見の人間にも笑顔で接してくれる優しさに、惚れそうだった。保育士の包容力だろうか。アイドルが握手券を買ったファンなら誰にでも向けているビジネスの笑顔ではない。

楽しい時間はあっという間に過ぎた。

腕時計を確認すると、約束の時間になっていた。正紀は保育士に別れを告げ、女の子に手を振ってから公園を出た。

待ち合わせ場所は通りの反対側にあるカフェの前だ。女友達はすでに待っていた。

「正紀、遅すぎ。待たせないでよね」

「ごめん。早く着きすぎて公園にいたら、遅れて……」

「言いわけはいいよ。時間がもったいないし」

女友達はさっさと歩きはじめた。今日は、一人暮らしをはじめる彼女のマンション探しに付き合う約束だった。

彼女が一方的に話をしながら歩き、最初に目についた不動産屋に入った。雑居ビルの一階に入っているような小さな事務所ではなく、結構な広さがあり、十人前後の人間が働いている。

不動産屋の中年男性が応対に現れた。ガラステーブルを挟み、ソファに座って向き合う。

「マンションを探しているんですけど──」

女友達が切り出し、諸々の条件を説明した。中年男性が資料を繰りながら、物件を説明しはじめる。彼女は今日じゅうに契約したいと言っていたが、譲れない条件が多く、話は簡単に纏まらなかった。

三十分も経つと、正紀は手持ち無沙汰になった。スマートフォンをいじりながら時間を潰した。

中年男性が事務所内を振り返り、「お茶を!」と呼びかけた。スカートスーツの女性が「はい」と立ち上がり、流しで茶を淹れ、お盆に載せて運んできた。

「どうぞ」

黒いショートヘアの髪はさらさらで、アーモンド形の目は大きく、唇は柔らかそうだった。上着を羽織っていても胸の豊かさは一目瞭然で、ウエストは絞られたようにくびれている。

──美人だし、スタイルいいなあ。

まじまじ見つめると、女性は笑みを残し、去っていった。露骨な視線にも嫌な顔一つしない。

隣を見ると、女友達が不快そうに眉を顰めていた。嫉妬でもしているのだろうか、と考えながら、マンションの相談が終わるまで付き合った。

美人が淹れてくれたお茶はそれだけで美味しかった。

中年男性は物件を示しながら、「いかがでしょう?」と訊いた。

彼女は不満げに嘆息を漏らし、静かにかぶりを振った。

「ちょっと、ね……」

「お気に召しませんでしたか」

「……少し考えさせてください」

不動産屋を後にすると、女友達は終始不機嫌だった。気分屋の彼女に不用意に踏み込むと、延々と愚痴を聞かされることになる。あえて触れなかった。

正紀は彼女と別れ、自分のアパートに帰宅した。部屋の五段の本棚には漫画が詰まっており、入りきらない分があちこちに山積みになっていた。壁にはタペストリーが何枚もあり、美少女が満面の笑みを向けてくれている。他には──パソコンとゲーム機が置かれている。

疲れたな──。

正紀はため息をつきながらテレビを点(つ)けた。ニュースが流れていた。

「──警察には四百件を超える情報提供があるようですが、依然として犯人逮捕には結びついていません。近隣住民は不安と恐怖におののいています」

司会者が現場のアナウンサーに呼びかけた。新情報がないか尋ねる。

誰も遊んでいない公園が映り、その前に立っているアナウンサーが神妙な口ぶりで喋りはじめた。

「現場は今も閑散としており、子供たちの姿は全くありません。近所でも子供たちは必ず大人と出歩いています」アナウンサーが歩きながら続ける。

「住民の方々は、大きな事件と無縁の町でこのような猟奇的な殺人事件が起きたことに驚きと衝撃を隠せず、犯人の一刻も早い逮捕を願っています」

正紀はじっと画面を見つめていた。

映像がスタジオに戻り、コメンテーターたちが意見を述べはじめた。

社会学者の中年女性が憤激の面持ちで主張した。

「抵抗できない女の子を狙ったのは、大人の女性と対等に付き合えず、思いどおりにできる相手だったからです。女性を命ある人間として尊重できず、自分の欲望を満たす“物”と見なしているんです」

「なぜめった刺しにしたんでしょう」

「おそらく、性行為をすることができず、その“代償行為”だったと考えられます」

社会学者の中年女性は、素手でナイフを二度三度と突き立てる真似をした。

「ナイフで刺す行為が犯人にとっては性行為だったんです」

「そうだとすると、また繰り返す恐れがあるということですね」

「はい、間違いありません。性的欲求が抑えられなくなると、また“獲物”を探しはじめるでしょう。現場と離れているからと安心せず、親御さんは犯人が逮捕されるまでお子さんから目を離さず、しっかり守り、少しでも怪しい人物がいたら警戒するよう、お願いします」

「犯人像についてはどうでしょう」

「最近はアニメやゲームのキャラクターとしかコミュニケーションを取れない人間が増えています。彼らは自分の思いどおりになる“データ”を相手にしているので、現実の人間への共感能力が低く、感情移入することができないんです」

司会者は同意するようにうなずき、言った。

「先日は、大手書店に対し、『不健全な漫画を売るな。棚から撤去しないと、従業員の子供が第二の愛美ちゃんになるぞ』と脅迫電話をかけた疑いで、五十代の無職の男が逮捕されました。男は『脅迫はしていない。そういう漫画の悪影響で同じような事件を起こす人間が生まれるという注意喚起のつもりだった』と供述しているそうです。『愛美ちゃん殺害事件』との関係はない模様です」

司会者は一呼吸置き、沈痛な表情で続けた。

「愛美ちゃんの小学校では、事件のショックからいまだ登校できずにいる子供たちが何人もおり、精神面での長期的なケアが望まれています。特に愛美ちゃんと親しかった子は、夜におねしょをするようになるなど、ひどく怯(おび)えているそうです」

社会学者の中年女性は我慢できないという顔をしていた。長テーブルに拳を叩きつける。

「社会はこの犯人を許してはなりません!」

司会者は彼女の激昂に気圧(けお)されたように目を開いたものの、冷静な口調で纏めた。

「『愛美ちゃん殺害事件』は日本社会に深刻な影響を与えています。警察は今も目撃情報の提供を呼びかけています」

正紀はテレビを切った。見たくない情報はボタン一つでシャットアウトできる。

正紀はスマートフォンを取り上げ、さっさとゲームにログインした。食べ物を擬人化した美少女たちが闘うソーシャルゲーム──SNS上で遊ぶオンラインゲーム──だ。課金してカードを購入すれば、新しい“娘(こ)”が手に入る。レアな“娘”ほど出現率が低く、何万円も課金して一枚出るかどうかだ。

バイトの給料が振り込まれたので、目当ての“娘”を求めてカードを引くつもりだった。

とりあえず、ゲーム内で五千円分のカードを購入する。そして『スタート』をタップした。画面に十枚のカードが配られ、一枚一枚めくられていく。美少女のイラストが次々に現れた。五千円分ならそれを十回引ける。

ピンク髪に桜の髪飾りをした美少女、黄色い髪をツインテールにした美少女、銀髪に軍帽の美少女──。

目当ての“娘”は出なかった。

意地になって引きまくり、ものの三十分で三万円を溶かしていた。

正紀はスマートフォンをベッドに放り投げた。

自分にとって外れのキャラクターでも、チームの主力の強化に使えるので、決して無駄になるわけではない。しかし、目当ての“娘”が全く出ないのはつらい。

正紀は目を閉じ、両手のひらをこすり合わせた。ぶつぶつと念じ、神に祈る。そして──スマートフォンを取り上げた。五千円を課金し、スタートする。

配られたカードがめくられるたび、数え切れないほど見た“娘”たちが現れた。もう駄目かと諦めそうになったとき、画面に金色の光が広がった。UR(ウルトラレア)カードが出るときの演出だった。

目が釘付けになった。スマートフォンを握る手に力が入る。

カードがめくられ──目当ての“娘”が現れた。金髪のロングヘアが風に舞っているようにふわっと広がっている。メイド服をモチーフにしたへそ出しの衣装で、胸はつぼみのような膨らみだ。フリルが付いたひらひらのミニスカートから細い脚が伸びている。

苺のショートケーキが載った皿を持つロリっ子だ。

正紀は興奮の声を上げた。

ツイッターでさっそく感動を伝えよう。

趣味アカウントを開いた。名前は『冬弥(とうや)』だ。好きな漫画のキャラクターから取った。プロフィールは──。

『飯娘/金髪ロリは嫁/オタ/アニメ/ゲーム/ロリの泣き顔は至高!』

同じ趣味のアカウントが百二十一人、フォローしてくれている。

正紀は“娘”が現れたシーンの動画をコメント付きでアップロードした。

『ついに出た! 悲鳴ボイスに萌える #飯娘

“お気に入り”が十二個付いた。

その後、正紀は公園で交流した幼女の姿を思い出しながら──あのときは抱き上げたい衝動と闘った──、『今日は公園でもリアルロリと出会った。萌えた!』とツイートした。

同好の士たちが『写真希望』『二次元のほうがいいだろ』と反応してくる。

匿名の世界だからいくらでも本音を口にできる。現実(リアル)の友人知人には明かせない趣味や性癖でも。

正紀は夜遅くまでインターネットの世界にどっぷり浸かった。

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