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「貝売り場のおじちゃん」の忘れられない言葉 #4 スーパーマーケットでは人生を考えさせられる

スーパーマーケットでは、人生を考えさせられる。人間とは、男とは、女とは、夫とは、妻とは、老人とは、赤ん坊とは、犬とは、働くとは、人の親切とは、生きるとは……。詩人、銀色夏生さんの『スーパーマーケットでは人生を考えさせられる』は、行きつけのスーパーで考えたことを、独特の感性でつづったエッセイ集。なんてことはない日常が、ちょっと目線を変えると味わい深いものになる、そんな本書の一部をご紹介します。

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大好きになった貝の味噌汁

最近は貝のお味噌汁に凝っている。貝のお味噌汁は簡単でおいしいから。

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昨日はあさり、今日はしじみ。

あさり、しじみ、あさり、しじみ。と交互に繰り返す

苦手なワカメの酢の物も作るように心がけている。好きになるかもしれないと思って。意識して作るようになったら前ほど嫌いじゃなくなった。

やってみるものだ。

でもおいしい具がないと気が引き立たない。カニやタコ、貝類のような主役がいると作るのにも食べるのにも楽しみがでてくる。

主役級のいないワカメときゅうりだけの時は作る気にならない。せめて釜揚げシラスがあればまだいい。上にパラリとのっけると白く鮮やかに目に映り、箸ものびるというもの。

貝売り場ではいつもいるおじちゃんとよく話す。そのおじちゃんは帽子なのかターバンなのかわからない被り物の正面に、あさり貝の殻を銀色の布でくるんだブローチをつけている(そうだとわかったのは何度かじっくりと見てからだったが)。

最近私は、お味噌汁用にあさりとしじみを一日交替で買っている。お味噌汁は特に好きというわけではないので今まではたまにしか作らなかった。具がいつも面倒くさくて。

でも貝だったら出汁もいらないのですごく簡単だということに気づいた。貝とお味噌だけですごくおいしい。貝のお味噌汁だけは大好き。

昨日はたまにいるおばちゃんがいた。

しじみを買ったら、冷凍したら栄養価が高まるよと教えてくれた。やってみますと言って帰った。

どうしても気になった疑問

今日はあさりを買った。売り場にいたのはおじちゃん。

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おじちゃんに、「昨日、しじみを買って半分冷凍しました」と言ったら、「冷凍ものは沸騰してから入れてね」と言う。それは前にも聞いたので、「はい」と答える。

品物を待っているあいだ、「沸騰してない時に入れたらどうなるのだろう?」という疑問が生まれた。そのことは何度も言われたので絶対になにか理由があるに違いない。

気になる。どうしよう。

しばらく迷って、「沸騰してない時に入れたらどうなるんですか?」と聞いてみた。

「開かない貝が出てくる」

聞いてよかった。これはもう忘れないだろう。

今日も貝売り場へ。

おじちゃんが魚売り場のおにいちゃんと楽しそうにおしゃべりしていたので、「貝ください」と声をかけた。

今日はしじみ。実は昨日もしじみだったのだけど、なんとなく、しじみの方が栄養価が高い気がして。それにしじみだったらいちいち身を食べないのでかえって楽だし。私は汁だけをお茶碗に入れて食べている。

「ぐつぐつに煮込んでね。煮てるうちにいい味が出てくるからね」

「はい」

しばらく貝の味噌汁は続くだろう。

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スーパーマーケットでは人生を考えさせられる 銀色夏生

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