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鍵の掛かった男 #5

十四日の九時半にホテルを出ていた残りの二人は夫婦だった。 「萬さんとおっしゃって、ご主人…

神の手(上) #5

その日の午後、白川が病室に行くと、晶子が窓際に立って泣いていた。病室は六階だ。窓には簡単…

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鍵の掛かった男 #4

3 彼が差し出した名刺は、肩書が副支配人・レストラン長になっていた。それについて支配人が…

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神の手(上) #4

安楽死は、日本ではまだ法的には認められない。いくら安楽死の要件がそろっていても、やれば医…

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鍵の掛かった男 #3

私は、ココアを飲んでいた巡査部長の顔を虚空に思い浮かべ、文句をぶつけたくなった。──悩み…

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有頂天家族 #5

夜も更けたけれども、四条大橋はぞろぞろと人間が行き交っている。 弁天の氷の接吻でにわかに…

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神の手(上) #3

1 二十一歳の安楽死末期がん患者の病室には、特有のにおいが漂っている。 死臭を先取りしたような、甘酸っぱく、饐えたにおい。それは、全身に広がったがん細胞からにじみ出る独特の臭気である。若い患者のそれは、旺盛な身体の代謝や髪の汗と混じり、ことさら濃密になる。 古林章太郎。二十一歳、肛門がん、末期。 部屋の明かりを常夜灯だけにしているのは、本人がそう望んだからだ。彼には蛍光灯の光さえ、耐えがたいようだった。 主治医の白川泰生は、ベッドの傍らに立ち、じっと章太郎を見おろして

有頂天家族 #4

言うなれば自分のやったことを対岸の火事だと思っていたのだが、対岸へ火をつけたのは自分だ。…

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鍵の掛かった男 #2

2 「お待ちしておりました」一礼して「当ホテル支配人の桂木鷹史です」 見たところ三十歳前…

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神の手(上) #2

「少し落ち着かれたようですね」 頭上の声に促されるように、随行員たちは佐渡原の衣服を整え…

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有頂天家族 #3

東山丸太町、熊野神社西の町内に玉垣で囲われた「魔王杉」という古木がある。 そんな名がつい…

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鍵の掛かった男 #1

第一章 ある島民の死1 私は繁岡とは反対に向かい、北浜一丁目の交差点に出る。東南角は大阪…

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ZERO〈上〉 #5

──アイツなのか? 峰岸が注目した三人のうちの一人だった。諜報容疑性を持つとすれば、自称…

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神の手(上) #1

◆プロローグ――一九九×年二月。 ロンドン、ヒースロー空港を予定通りに飛び立った日本航空402便は、順調にウラル山脈を過ぎ、シベリア上空にかかろうとしていた。 自由共和党(自共党)の元総裁、佐渡原一勝は、ファーストクラスの窓側席から雪に覆われた大地を見下ろし、ロンドンの会議で持ち出された幾多の話題を思い返していた。 今回の会議は、“鋼の女”と称されたイギリスのスカーレット・ミッチェル元首相の肝煎りで催された“同窓会サミット”なる集まりだった。出席者は佐渡原のほか、アメリ