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おべんと攻防 ⒌愛弟子 連載恋愛小説

帆南には、目をかけている愛弟子がいる。
まみという若い女の子で、いちども会ったことはない。
熱心なブログ読者で、コメントを交わすうち直接メッセージを送りあうほど親しくなった。

彼女は料理を始めたばかり。
右も左もわからないうちから、帆南を質問攻めにしてきた。
たとえば、「塩少々」とは具体的に何グラム?
「小さじ」って家にあるスプーンは、人それぞれサイズがちがうはずなのに、どうなっているの?とか。

生真面目な雰囲気が文面から漂ってきて、かわいいったら、ない。
彼女からのメッセージ攻撃は、帆南にとっていっこうに苦ではなく、むしろ心待ちにしている面もある。
謙虚で礼儀正しく、ひたすら素直。
リアルで会っても,きっと魅力的な女性にちがいないと、帆南は確信していた。

***

なんで、こうもちがうんだろう。
おそらく、まみと同年代であろう久世真澄の横顔を観察しながら、そう思わずにはいられない。
自分たちの歓迎会にて、久世はきっぱりとアルコール摂取を拒絶した。
飲めそうなカオしてるのに?とみどりは不思議がっている。

「飲めはしますが、飲まない主義です」
よくわからない理屈で、彼はその場を強引に切り抜けた。
顔は笑っているのに、本心はけっして見せない感じ。
そういうところが、やっぱり信用できない。

***

もうひとりの新人、緑山玲奈が挙手した。
「レナはお酒すきでーす。今夜は呑むぞー」
いいぞお、レナちゃん、と蓮田がしまりのない表情で手をたたいた。

なによりもまず、一人称がレナというのが、いただけない。
が悪くなると「レナたち、ガッコでそんなこと習ってないんでー」と頬をふくらませる。
レナたちって、レナはひとりでしょうが。

煙たがられる先輩にはなりたくないのに、緑山玲奈の言動を見ていると、帆南はムズムズしてくる。
別室に呼び出して、お説教をかましたくてしょうがない。

かといって、彼女にやる気がないわけではなかった。
帆南の説明をひとことももらすまい、といった気迫でもって、猛然とスマホにメモる。
それはもう、目にもとまらぬ早業で。
常識や経験が、すこーしばかり足りないだけなのだ。
帆南は自分にそう言い聞かせ、深呼吸してみる。

「血を見るのがダメな、研修医と思おう」
「なんすか、研修医って」と久世。
こっちは、デキすぎて食えないタイプのひよこドクターってとこか。

ひとり暮らしが長いせいか、ちょっと気を抜くと話し声のボリュームでひとりごとを言ってしまう。
人のことは言えない。
西島帆南も、十分に常識からはずれている。

***

「あ。また始まった」
上座では、みどりと蓮田がオンステージ。
カラオケ設備などなくても、アカペラで事足りる。
お世辞にも馬が合うとは言えないふたりだが、お酒が入るとノリノリでハモるのだ。
両者ともに歌唱力が常人離れしていて、毎回みんなして聞きほれてしまう。

「西島さん。妊娠してんすか」
帆南は、レモンサワーをごくりと飲む。
「酒は控えるべきでは?」
酔っているのかと思ったが、久世は一滴も口にしていないことを思い出した。

検索画面につわりと入力されていたと、彼は言う。
「のぞくな」
「サーセン」
友達のことだと聞いて、その顔から緊張の色が薄れる。
「でも、既婚者ですよね。『夕波』さん」
相変わらずの読めない表情で、久世真澄はさらりと爆弾を投下した。

(つづく)
▷次回、第6話「帆南、弱みを握られる」の巻。


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