見出し画像

便利屋修行1年生 ㉔危機管理 連載恋愛小説

「事務所の人間だからって、安易に部屋に入れないこと」
助っ人は最小限に絞るべきだったと危機管理の甘さを悔しがり、盗聴器チェックの手配まで口にする。

綾が大げさだともらすと、こわい顔でにらまれた。
「前科あんの、忘れた?」
「あ、そっか。いろいろあって忘れてた」
ふぬけた笑顔に腹が立つ、と毒づかれる。
ストーカー側の弁護士が示談に持ち込んで、起訴された場合の心証を良くしようと画策しているらしい。闘いは当分続くみたいだ。

「あのー、沢口慶って人に合鍵渡しても、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫かは、保証できない」
「じゃあ、保留で」
彼とのこういうやりとりは、おもしろくてクセになる。
いろんな表情を見せてくれてうれしいと伝えると、沢口はなんとも言えない顔になった。

***

ラーメン屋さんで支払いを済ませ解散したあと、急きょ彼のマンションに行くことに。
「あ。ストップ」
目を伏せて顔を傾け、薄く口を開く。
まつげが作る影や、あごから喉仏のライン。
「その角度すき」
一瞬だけ静止した沢口は、お構いなしに唇を合わせてくる。
ガッツくような荒めのキスのあと、鼻をすりつけてきた。

「俺が好きなのは綾の味。文句ある?」
「ハイ、ないです。失礼しました」
少し間があって、同時に笑い出した。
お互いを求めているのに、かみ合っていないのがおかしくて。

腕を伸ばしてぎゅっと抱きしめると、同じくらいの力で抱き返される。
「ところで、慶さん」
「ん?」
「部屋に入りません?」
いつぞやの不倫カップルと、寸分たがわぬ廊下キス。
しかも、ドアに鍵を差したまま半開き状態で、防犯意識もなにもあったものではない。

「盗撮されるって?」
笑ってうなずいたら、腕を引かれドアの内側に入った。
どんな部屋かなあと綾は好奇心でいっぱいなのに、一歩も進めない。
「飢餓感あおんの、うますぎだろ」
「え。替え玉食べたかった?」
イラつくと人の耳をかじるクセは、やめてほしい。

***

玄関かソファかの二択を迫られ、後者を選ぶ羽目に。
おかげで、リビングの天井やカーペットだけは、しっかり観察できた。

うとうとしていると、鼻先に彼の耳があった。
「聞き分けてみて。最初のすきと今のすきは、重みがちがうから」
前のは風が吹いたら飛んでいくくらいの軽さだったと冗談めかせば、軽すぎだろ、とらしい反応が返ってくる。

肩に手を添え唇を寄せて、心をこめて発音する。
「…わかった?」
「同じだっつの。天真爛漫か」
なんでわからないのかと恨めしくなり、綾は背を向けてふて寝する。
「わかったわかった」
「なにが?」
「あー、言いたいことはわかった」

知れば知るほどハマっていく、こわいくらいに。
キレられると弱いし、ここまで振り回されるのも今までなかったと。
愛の告白をBGMにすやすや熟睡したのは、あとになって聞いた話。

(つづく)

#私の作品紹介 #賑やかし帯 #恋愛小説が好き


最後までお読みくださり、ありがとうございました。 サポートしていただけたら、インプットのための書籍購入費にあてます。 また来ていただけるよう、更新がんばります。