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便利屋修行1年生 ⒏獣と会食 連載恋愛小説

いったい前世でどれだけ徳を積んだのかと、秋葉に真剣に聞かれてしまった。
「オレが腹こわしたって、あっそ、てなもんですよ」
「一緒にすんな。高級和菓子をセレクトするようになってから、出直せ?」
まどかは和菓子マニアらしく、小躍りして喜んでくれた。

「ツボ押さえてくるわー、このコは」
今日は沢口が見当たらない。
「あいつ甘いもの受けつけないから、私がもらっとくー。だれが強欲だ、秋葉」

***

なにかの調査活動にかかりきりだったらしく、3日後にようやく姿を現した。
ソファに寝そべり、口をきくのも億劫おっくうそうだ。
簡潔に済まさねば。

「お疲れさまです。この前のお礼をしたいので、食べ物なにが好きか教えてくださいっ」
早口で一気に伝えると、返事がない。
寝てしまったのかと、綾は膝をつき顔を近づけてみる。

目を閉じたまま、肉と酒、と口が動いた。
うーん…お酒はハードルが高いよな。銘柄とかもあるし。
「あの、何肉とかあります?」
「人肉」
ふざける気力はあるらしい。
とりあえず焼き肉で落ち着いたが、1対1で食事するのかと、綾はあとになっておののいた。

***

話題に困るかと思いきや、この道に入ったきっかけについて語っていた。
「せまいところにいたので、世の中を見てみたいっていうか。勉強したいと思って」

疲労やお酒のせいか、今夜の沢口から毒は感じない。
はぐらかすことなく、彼の話もしてくれた。
人はなぜ浮気するのか知りたかったという。
「浮気?ですか」
「そう。不倫。なんですんの?」
なぜ哲学めいた質問をしてくるのだろう。
「…ま、答えられるわけないよな」

なんとなく弱っているように感じたので、綾は勇気づけたくなった。
「いろいろあっても、好きなものいっぱい食べて、忘れる。オススメです」
ビシッときめたつもりが、とんでもない見当ちがいだったようだ。
脱力したように、沢口がテーブルに突っ伏した。

***

「え…大丈夫ですか。水飲みます?」
次の瞬間、耳に鋭い痛みが走り、なにが起こったのかと混乱する。
「なんで…」
「好きなもの食えって、言わなかった?」
ジンジンするくらいきつく噛むとか、ありえない。
まどかの野獣発言も的を射ていたのかもしれない。

「欲しいからって盗ったら、窃盗です」
「ん?食欲のまま食ったら、犯罪?」
涙目のまま注意しても、いまいち迫力に欠ける気がする。

「なんか…歯形見てると、妙な満足感が…」
耳にふれようとするので、綾は裸足のまま廊下に飛び出た。
腹が立ったので、伝票を突きつける。おごるつもりがおごらせていた。
お酒の入った沢口慶には、近寄らない。それが、その日学んだ教訓だった。

(つづく)

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