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おべんと攻防 ⒉脅迫者 連載恋愛小説

帆南には、もうひとりたかってくる人物がいた。
「じゃあ、今月ぶんのマージンもらおうか」
彼女は椅子の背に悠然ともたれ、タバコをふかすふりをする。
「姐さんのおかげで、今月も生きのびることができました」
帆南はしずしずと、エア封筒を差し出した。

***

月にいちど、ホテル内レストランで、ランチビュッフェを利用している。
平日は時間無制限の、3,500円のコースだ。
広々としたフロアにずらりと並ぶのは、ローストビーフ、トリュフソースのオムレツ、伊勢海老のグラタン。
パスタや天ぷらは目の前で調理し、できたてをサーブしてくれる。
まぶしい白の食器は、たちまち色とりどりの料理でいっぱいになった。

「ここ飽きたなー。月が替わっても変わりばえしないし、ちょっとくどくなってきた」
「可及的速やかに新規開拓し、追ってご連絡いたします」
「ほなみさー、それいつまで続ける?」
ふたりは顔を見合わせ、笑った。

ゆうかと会うと、いつもこうだ。
高校時代から、ノリが1ミリも変わらない。
西浦ゆうかは結婚3年めの、夫とふたりぐらしの共働き主婦。
いわゆる名義貸しのようなもので、ブロガー「夕波」は、ゆうかとほなみを組み合わせて作った名だ。

「独身女のおべんとなんか、だれもキョーミ示さないっしょ」
「そーゆーとこ、冷めてるっつーか客観的っつーか」
「戦略的と言ってくれ」

***

ブログを始めるにあたり、帆南はマーケティングの手法を使ってみた。
どんな人物に読んでもらいたいか?
イメージする人物の家族構成や職業、年齢、年収、趣味や移動手段など。
こまかく設定して、対策を練るテクニックだ。

帆南がつねづね感じているのは、世の女性たちは負担が大きすぎるということ。
手間ひまかけた愛情たっぷりの食事を、365日×3食作らねば、妻や母としてなっていない。
そういう悪しき風潮が、いまだに幅を利かせている。

なにもイチから手づくりしなくても、冷凍食品を使ってもいいし、外食したっていい。
惣菜だって、ウチのスーパーみたいに品ぞろえが豊富な店なら、工夫して買えば栄養バランスもばっちりだ。
なんなら、料理するのは女性である必要はない。
得手不得手があるし、夫や子ども、家政婦さんでもいい。

それでも、家計や健康を考えてスーパーに通う人たちに、少しでもエールを送りたい。
それが、帆南がブロガーになった理由だった。どんなに高尚な動機があっても、目に留まらなければ意味がない。
記事を届けたい人物像になりきって、夕波は生まれた。

***

「出産祝い、なにがいい?ズバリ指定してくれたら、助かる」
「そう言うと思った」
ちなみに、夕波の家庭は子どもナシの設定だ。
子どもがいれば、ブログ内で1歳ずつ年をとらせないといけないし、つじつまが合わなくなるリスク大。
ウソにウソを重ねてしまうことになる。
ゆうかには、ドライだの効率重視だのと評された。

「つわりでも口にできる食べ物とか、妊婦におすすめメニューとか、研究しとくね」
任せたと言われると、はりきってしまう単純な帆南であった。

(つづく)
▷次回、第3話「久世、惣菜部員をころがす」の巻。




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