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居眠り猫と主治医 ⒖潮干狩り猫 連載恋愛小説

潮干狩りでは、極力接触しないようにした。
これ以上近づいたら、どツボにハマるのは目にみえているし、彼に迷惑をかけるのだけは避けたかった。

「守屋さんて、夏目先生のこと狙ってる?」
気配を消して真横に陣取っていた小静《こしずか》美佐に、文乃は肝を冷やす。サングラス越しでもよくわかる、気合いの入ったマスカラ。
なにを考えているのかわかりづらくて苦手だと、否定した。

「あー、まあね。でも、そこがよくない?」
はまぐりやアサリを前日にまいてあるから、広く浅く表面をふわっとさぐるだけでいい。もうなにも埋まっていないとわかっている場所を、文乃は熊手でガシガシ掘り続けた。
子どもたちのはしゃぎ声が響くなぎさが、鬱々うつうつとした逃げ場のないぬかるみに思えてくる。

病弱キャラの相手をするのは彼にとって惰性だから、勘違いしないほうがいい。グサリとクギを刺されてしまった。
たしかに、道端で生き物が瀕死状態だったら、祐は反射的に手を差し伸べるだろう。文乃のだらしなさを見るに見かねて関わってしまっただけで、深い意味はない。
わかっていたつもりだったが、はっきりと言葉にして投げつけられると、けっこうなダメージを食らう。

***

今日は話しかけないでください、とスマホに送ると、すぐに返信があった。
理由を問われても答えられず、文乃は考えるのを放棄する。
その日は現地解散だったので、駅まで歩いた。
沈んだ気持ちのままダラダラ歩いていたせいで、簡単に追いつかれたようだ。

「車ですよね」
「レンタカーだから、乗り捨てOK」
手を離してくれるよう頼んでも、聞こえなかったふりをされる。
「なにか言われた?小静さんに」
なんで、と声をもらすと手を握り直された。
不倫に興味はないとかわしたせいで矛先が文乃に向いたのでは、というのが、彼の鋭い見立てだった。

(つづく)











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