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便利屋修行1年生 ⒍天体観測 連載恋愛小説

泊まりの仕事に野獣どもと一緒に行かせるわけにはゆかぬ、とまどかがキャンピングカーに乗り込んできた。
「野獣ってオレですか。それとも慶さん?」
「両方にきまってんだろ」
秋葉をひとにらみで黙らせる、姐さんの頼もしさたるや。

沢口は我関せずで荷物を運び込んでいる。
おかげで楽しくなってきました、と伝えると、綾はまどかに頭をなでくりまわされた。

***

向かうは、高原のキャンプ場。天体観測イベントの設営を、毎年手伝っているとのこと。
周りに人家ひとつないだだっ広い敷地に、数十のテントを張っていく。

「夜になると、一生ぶんの星見れるよ。てか、手際よくない?」とまどか。
「昔、家族でよくキャンプに行ってて。見よう見まねです」
今回は断ろうかと直前まで迷ったが、今のところ平気そうだ。

参加者に寝袋やランタン、ドリンクなどを配布して、夜9時に明かりを落とす。頭上に満天の星空が広がり、樹々のシルエットの向こう側に天の川がくっきりと浮かび上がった。
澄み渡った藍色は底なしで、恐怖を覚えるくらいにうつくしい。

***

小腹がすいたとまどかが騒ぎ、秋葉を引っぱってキャンプ場の事務所へ向かった。ちいさなコンビニが併設されているのだ。
「落ちつきのないヤツ」
「楽しいです」
「そんな目してないけど」
沢口のひとことに、綾は笑顔が引きつった自覚があった。

「なんかあんの、ここ」
キャンプ場が鬼門だと言うつもりはなかった。
言葉にすると、とたんに現実に引き戻され、形のない不安がじわじわと押し寄せてくる。
視線を感じて、綾は軌道修正を試みた。

「占いマニアなんで、安倍晴明とかアガるなーって。たしか、このへんにゆかりの神社が…」
我ながら流れに無理があり、空回りがカスカスと空を切る。
懲りもせず笑顔でごまかそうとするも沢口相手に通用せず、残ったのは星空をだいなしにする、重苦しい空気だけ。

フクロウの鳴き声と葉擦はずれの音を、耳のすぐそばに感じる。
「なんでもないです。忘れてください」
案の定、どうでもいいけど、と突き放されてしまった。
なにを必死に弁解してるんだか…と綾はむなしくなった。

(つづく)

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