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【読書感想】ちとせ/高野知宙

第三回京都文学賞受賞作(中高生部門)
作者は高野知宙 17歳

表紙に描かれた三味線と、同い年という作者に惹かれて手に取った本。
帯にはいしいしんじと今村翔吾が作者を絶賛するメッセージがあり、
赤く「17歳の新星!」という文字が。
私的には京都の小説ということもあり、いしいしんじさんの「高野知宙は、きわだつ耳と冒険心をそなえた、時の上の旅行者だ。」という言葉に強く興味をそそられた。
また、三味線を習っていることもあり、すぐに買う決心がついた。

舞台は明治5・6年の京都。
文明開化の波と共に新しく進んでいく京都の街、人の様子が
主人公ちとせを含む3人の視点からありありと描かれている。
また、回想シーンが無いことからか流れるように進む物語で、小説の人物と同じように京都の時の流れを感じられる点が読みやすさの秘訣となっている気がする。
そして京都に来てからの1年を通し、ちとせの葛藤と成長、そして京都の町を四季とともに追っていくことができる。

ちとせは故郷の丹後で天然痘にかかり失明の不安を抱えている。
そんなちとせが藤之助と出会い、四季を通して京都の街をめぐる様子がとても視覚的に描かれている。このことから、ちとせが街の風景を懸命に自分の目に焼き付けていく姿が浮かび、現実を受け止めながらも前に進もうとする様子は読んでいてとても応援したくなった。
三味線の音の変化とともに感じる揺れ動く少女の感情が、三味線という繊細な楽器とマッチしており、読者の心を時には苦しく揺さぶります。

また、街の様子がとても丁寧に描写されているため、まだ見たことのない、もう見ることのできない風景を私も瞼の裏に映し出すことができる。
「古いものでも、新しい。うちらはきっと、大丈夫です」そう言うちとせの声が聞こえる気がする。

結局ちとせにとってこの京都の町はどんなところだったのだろう。夢の見方を教えてくれる町、忘れていた胸の高鳴りを思い出させてくれる町。
「頑張って見ようとする人の力は、見えている人のものを遥かに凌ぐ」そう稔が言ったように最後に千都世が弾いた曲が、何気なく眺めているだけでは気が付かないような大切なものを京の人達の心に描くのだろう。京の人達にとってこの町はどんなところか、その答えを教えてくれるのだろう。

私的にはこの本は春に読むことをお勧めしたい。
ちとせは最後に自分自身を桜の花びらに例えます。そして一生を通しての自分の生き方を愛おしく感じるのです。
私の考えですが、春というのは不思議で新しくも古くもある。様々なことが瞬く間に移り変わり、毎年人々の心に懐かしさを感じさせる。変わっていってしまうのに春の訪れは楽しみで、これからが始まりなのに春の終わりは寂しい。人の心が本能的に揺れ動くこの時期に是非読んでほしいです。

私は読み終わってから、京都を訪れたことがないことを悔しくもうれしくとも思う。生きている時代は違えど、町が新しく変わろうとも日本人の心のどこかに眠っているという町の姿を知っていたくもあった。
だが、ちとせは「この景色を見たことがない人であっても、懐かしさを覚えるような音を奏でたい」と言った。この本を通してちとせが目に焼き付けたたくさんの場所を見に行きたくなったし、ちとせの時代から新しく進んだ京都の様子や、新しさを生み出した古さをゆっくり探して確かめたくなった。きっと私も懐かしいと思うのだろう。



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