掌編小説 逢魔が時(ホラー描写が含まれるので苦手な方は注意してください)
6月30日。
私は死んだ。
アパートのロフトに縄をかけ、首を吊って死んだ。私の足を支えていた椅子が倒れた音と、その瞬間にかすかに見えた窓の外の風景ーー、茜色に染った夕焼け空だった。それを妙にはっきりと覚えている。
西日の入るアパートだった。朝は薄暗いが、日が傾くと窓から強烈な陽射しが差し込んだ。このアパートは逢魔が時になると不思議な異空間になった。神秘的な小宇宙だ。そこは眩しいまでの輝きを放ち、私の心を魅了した。
4月に就職するに当たって、会社の近くにアパートを借りて一人暮らしをすることになった。このアパートは不自然なことがたくさん起こった。夕方になると窓をコツコツと叩く音がする。布団で横になっているとどこかから話し声が聞こえる。声は明らかにすぐ近くから聞こえる。何者かが私を呼んでいる。そして皆私の事を知っている。
私はなんだか居心地が良くなってしまって、ずっとこの部屋にいるようになってしまった。誰にも会わなくなった。私がいてもいなくても、世界は正確に時を刻んでゆくのだ。
ある日ホームセンターに立ち寄ったら、縄を見かけた。ものすごく良いことを思いついてしまった。この縄を買って帰り、首を吊って死のう。ホームセンターからの帰り道、楽しみで仕方がなかった。心の底からワクワクした。
そしてーーとうとう私は死ぬことが出来たのだ。椅子が倒れる音と、カーテンの隙間から見えた夕焼け空。そして足が宙を浮く感覚。私は確実に死んだ。
それなのに。
私にはまだ手足の感覚がある。私の足はアパートの床を踏んでいる。また首を吊らなければいけない。吊ってもまた私の足はアパートの床を踏んでいる。
吊っても吊っても吊っても吊っても吊っても吊っても吊っても吊っても吊っても吊っても吊っても吊っても。……
逢魔が時の空がカーテンの隙間から見えた。私はまた首を吊って死ななければいけない。
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