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掌編小説

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#小説

掌編小説 月光

掌編小説 月光

 女には影がなかった。それは陽の光で出来る影ではない。月光で出来る影のことである。
「私は明日死ぬ」と女は言った。
「何故」と僕は言った。
 女の長い睫毛に縁取られた黒い眸から涙が落ちた。女が泣くのを見るのはもうたくさんだと思った。 

 川のほとりを歩き続けた僕達は、葦が生い茂る川のふちで足を止め蒼白く輝く月を眺めた。果ての町には沢山の火が灯っていた。僕は生まれ変ったらあそこに帰りたいと思った。

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掌編小説 猫に阿片

掌編小説 猫に阿片

男が出ていった。
同棲している1LDKのアパートの家賃を支払わないので、文句を言ったら翌日出ていった。
家賃は折半だと念書を書かせるべきだったか。置き手紙には「僕を探さないでください」と書かれていた。
こういうのはもっと美しいシチュエーションで使うべきものであって、家賃を滞納して夜逃げする人間の台詞ではないと思う。

ふと目を向けた先には猫がいた。
二足歩行になった猫がダイニングテーブルの椅子に座

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