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呪いの魔法 第3話

黒く艶のある長い髪を揺らして、女はベッドに眠る男に近付いた。
ベッドに片手を着くと、落ちる髪を押さえて、男の額に顔を近付ける。そして、浅く口付けした。
女は起き上がって寝息を立てる男を見つめる。それから、踵を返して部屋を後にした。
部屋の脚の低い机の上には一枚の手紙が置かれていた。


小さな体が廊下を走り抜けていく。部屋の扉を開けて入ると、ベッドで寝ている人物の体を揺すった。
「マリィ!朝だよ!!」
「ん〜・・・。」
マリアンナは寝ぼけた声で返事する。が、起きないマリアンナに痺れを切らして、体を揺すっていた少年はマリアンナに馬乗りになった。
「マリィー!起きろーーー!!!」
「うわぁ!!」
耳元で叫ばれ、マリアンナは驚き、耳を塞ぎながら起き上がった。
「いてっ!」
バランスを崩して少年がベッドから落ちる。
直ぐに起き上がるとベッドの縁に両腕を置いて、マリアンナに柔らかい笑顔を向ける。
「おはよう、マリィ。」
「・・・おはよう、アウリス。」
マリアンナは耳を押えたまま、にこにこ笑うアウリスを見て苦笑した。アウリスの首には赤い石のシンプルなネックレスが下げられている。


台所でマリアンナは昨日の残りのスープを温めている。アウリスは椅子に座ってそれを見ていた。
「アウリス、起こすならもうちょっと穏便に起こしてくれない?」
体を揺らして座るアウリスを傍目に言う。
「優しく起こしたら、マリィずっと寝てるじゃん。」
「ぐぅ・・・。」
7歳の子供に何も言い返せずに顔を歪める。
スープからポコポコと気泡が出始めると、器にすくい取って入れる。燃えている薪を除けて、火を弱くすると吊るされた籠から野菜を取って簡単なサラダを作る。作った物を机に並べると、コップとスプーンなどの食器をアウリスが運んできた。
「ありがとう。」
アウリスに簡単にお礼を言うとパンを取り出し机に置いてパン切りナイフで切り分けた。
「じゃあ、食べようか。」
スプーンを手にとって、スープを口に入れた。アウリスがにこにこと機嫌良さそうに話しかけてくる。
「ねぇ、マリィもうちょっとで学校が始まるね。」
「それ、昨日も聞いた。」
この町では子供は7歳になると教会で勉強を教わるのだ。
「アウリス、今日は大切なお客さんが来るから、ライラックさん家に居てくれる?」
「うん、いいよ。」
アウリスはスプーンですくったスープを口にしながら答えた。


アウリスをライラックの家に送ってから少しすると、その客は現れた。
よれた長袖に、同じようによれたズボンを履いた男が暗い顔をして入って来た。
「・・・いらっしゃい。」
マリアンナは躊躇いがちに声をかける。
焦げ茶色のボサボサの髪に隠れて目はよく見えない。
「カレルヴォ・カポックさんですか?」
マリアンナは伺うように尋ねた。呼ばれて男はのそのそと顔を上げると小さく頷いた。
見るからに憔悴しきっており今にも死にそうな顔をしている。
「えっと、取り敢えずどうぞ。」
席を勧めると、カレルヴォは遠慮がちにに椅子に座った。

事の発端はアウリスを送りに来たユッカからの話であった。
ユッカによると酒場で偶々相席になった男が最近、原因不明の体調不良に陥っているという。そこで、腕の良い薬屋ことマリアンナのことを紹介し、男が今日訪れたというわけだ。

(呪いの恐れがあったからアウリスを預けたけど)
目の前に座る男を見て思う。
(ビンゴだな。)
男からは纏わりつくような魔力を感じる。
「カレルヴォさん、今の体調は?」
「えっと、今は何ともないです。」
男は口に手を当ててボゾボソと喋る。
「不調はどんなもので、いつからですか?」
「周期的に酷い頭痛に襲われます。一ヶ月以上前からです。」
(長いな・・・。)
カレルヴォの言葉に眉をしかめる。カレルヴォを終始、周りを気にするように目を動かしていた。
「一ヶ月前に何かおかしなことはありませんでした?変な人物に絡まれたとか。」
「・・・関係ないかもしれないが。」
「構いません。」
躊躇いがちにこちらを伺うカレルヴォに続きを促す。
「一月半前に恋人と別れました。」
「・・・それは残念ですね。」
なんと言ったら良いか分からず気まずい。
「残念なもんか、喜ぶべき事だよ。あの女、私のやる事なす事全てに口を出してくる。私は束縛されるのが大嫌いなんだ!」
カレルヴォは下を向いて恨ましげにブツブツと呪詛を吐く。
マリアンナはそれを表情の抜けた顔で見つめた。
(私の所に来る奴はなんでこんなに癖のある奴ばかりなんだ・・・?)
7年前の野糞野郎の顔を思い出す。
カレルヴォは突然思い出したように顔を上げた。マリアンナは顔面の迫力に肩を震わせる。
「この体調不良はあの女のせいなんです。」
「・・・は?」
突然の告白に驚く。カレルヴォはポケットから一枚の折り畳まれた紙を取り出すと、マリアンナの前に置いた。マリアンナはそれを取ると開いてみせた。
「!?」
マリアンナは文を読んで驚く。紙には柳のような細い文字でこう書かれていた。

“私の貴方への愛は呪いのように永遠に解けることはないだろう。”

(・・・なんだこのくさい文。)
呆れた顔で紙を見下ろす。
「それが、恋人と別れた次の日に机の上に置かれていたんです。」
「恋人さんとは一緒に住んでいたんですか?」
マリアンナは紙から目を離して尋ねた。合鍵でも持っていないと別れた恋人の家には上がれないだろう。
「住んでいたと言ってもあいつが押しかけてきただけですけどね。」
嘲笑の混じった笑いで投げやりに言った。
反応に困るようなことを言わないでほしい。
「あいつと別れてから少しの音でも目が覚めるようになって、まともに眠れてないんです。」
確かにカレルヴォの目の下にはくっきりと隈ができていた。
「それ以来、神経質にもなってしまって。挙げ句原因不明の頭痛にも襲われる始末で。」
カレルヴォはがっくりと頭を下げる。話を聞く限り、災難な男である。
マリアンナはカレルヴォから聞き取った事を書き連ねた紙を見て、ペン先で机を叩いた。
(カレルヴォさんの彼女は魔女だったのだろうか・・・。)
眉間に皺を寄せて考えていると、カレルヴォが声をかけてきた。
「あの、すいませんが止めてもらって良いですか?」
ペン先を叩きつけるマリアンナの右手を指差して言う。マリアンナは謝って、慌ててペンを置いた。
(神経質になったって言ってたな。それも呪いの影響だろうか・・・。)
マリアンナは呪いの見当がつかずに首をひねる。
(先に魔法陣を見てみるか。)
マリアンナは立ち上がって、カレルヴォの方に回り込んだ。カレルヴォは戸惑ったようにマリアンナを見る。
マリアンナは真正面からカレルヴォを見据えて、流れる魔力に意識を集中させる。
(・・・あれ?)
マリアンナは呪い特有の魔力の粗さを感じられず困惑する。
(どういうことだ?)
魔力はカレルヴォの顔を中心に滑らかに纏わりつくように流れている。ということは、魔法陣は顔のどこかにあるはずなのだが見当たらない。
(目隠しの魔法でもかけてんのか?)
カレルヴォの周りを回ってじっくり見るが、大きな魔力の流れる核が感じられない。
(魔法陣があるなら感じるはずなのに。)
マリアンナは訳が分からず、無意味にカレルヴォの周りを回り続ける。
「あの、いい加減にしてくれません?」
「えっ?」
カレルヴォが怒ったようにこちらを見ていた。理由が分からずマリアンナは小首を傾げる。
「先程から私の周りを回るばかりで、腕の良い薬師だと聞いたから来たのに!」
カレルヴォは怒りの籠もった瞳でマリアンナを睨みつける。
(やばっ。)
自分の行動を振り返って焦る。
「か、体に異常はないようですね!」
マリアンナは慌てて、向かいの席に戻る。
カレルヴォはなおも疑うような目を向けて来た。マリアンナは一つ咳払いをすると、改めて話し始めた。
「正直、カレルヴォさんの不調の原因は現時点では断定できません。なので、今は頭痛薬だけ出しときますので、もう少し様子を見ましょう。」
マリアンナは笑顔で明るく言った。
カレルヴォは納得していなかったが、今日のところは薬を受け取ると帰って行った。
カレルヴォは帰り際に振り返ると気を使うように言った。
「あの、部屋はもう少し片付けた方が良いですよ・・・。」
その言葉にマリアンナは頬を引きつらせた。
(これでも、店の中は片付いてる方なんだけどな。)
余計なお世話だ!、と叫びたくなる気持ちを押し込んで見送る。
カレルヴォが帰るとマリアンナはため息をついてテーブルに寄りかかる。
(カレルヴォさんの恋人、想像以上に厄介そうな相手だな。)
そして上を向いてまた重い息を吐いた。


学校初登校の日、アウリスは目に見えてそわそわしていた。落ち着かない様子で扉を見ている。
扉の小窓が青く変化した。
アウリスは顔を明るくすると椅子から勢い良く立ち上がる。
「アウリス、迎えに来たぞ。」
金髪にそばかすが目立つ顔の青年が顔を覗かせた。
「ユッカ!」
アウリスが顔に花を咲かせて走り寄る。
「ユッカ、いらっしゃい。今日はありがとね。」
「いいよ、これぐらい。」
ユッカは顔の前で手を振って笑う。
「じゃあ、行くか。」
アウリスは扉を押さえるユッカの腕の下を通って外に出る。そして、マリアンナを振り返って手を振った。
「いってきます!」
「はい、いってらっしゃい。」
マリアンナも手を上げて返した。
扉が閉じると振り返って、いつもより広くなった部屋を見渡した。少しの間黙って見ていると、腰に手を当てて鼻から息を吐く。
「さて、仕事するか。」


昼過ぎの3時頃、マリアンナは仕事休みの茶を飲んでいた。
ガチャ
扉の開く音がして、そちらを見る。
「!?」
扉の前に立つ人物を目にして驚く。
そこにはアウリスが、ボタボタと大量の涙を流して立っていた。後ろには困ったような顔をしたユッカがいる。
「えっ、えぇ!?どうしたのアウリス!」
(まさかの初日から問題発生!?)
泣き止まないアウリスを見て、マリアンナは心の中で叫んだ。

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