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【読書記録】スピノザの診察室/夏川草介

前回に続き、本屋大賞ノミネート作からのご紹介です。
今回ご紹介する作品はこちら。

現役医師として命と向き合い続けた著者が到達した、「人の幸せ」とは。

累計340万部突破のベストセラーシリーズ『神様のカルテ』を凌駕する、新たな傑作の誕生!

その医師は、最期に希望の灯りをともす。

【あらすじ】
雄町哲郎は京都の町中の地域病院で働く内科医である。三十代の後半に差し掛かった時、最愛の妹が若くしてこの世を去り、 一人残された甥の龍之介と暮らすためにその職を得たが、かつては大学病院で数々の難手術を成功させ、将来を嘱望された凄腕医師だった。 哲郎の医師としての力量に惚れ込んでいた大学准教授の花垣は、愛弟子の南茉莉を研修と称して哲郎のもとに送り込むが……。

Amazon概要より


主人公は消化器内科医の「マチ先生」こと雄町哲朗。
かつては大学病院で難しい症例をこなし、医師としては乗りに乗っていた30代で大学病院を退職し、移った先は終末期の患者を多く受け入れる「原田病院」。

原田病院の患者に対し、彼は一体どう向き合っているのか――。

『神様のカルテ』シリーズに続く、現役の医師が描く、温かみに包まれた医療物語です。

それぞれの立場で医療と向かい合う二人の医師

かつては大学病院で、その確かな技術力で多くの患者の命を救ってきたマチ先生。終末期の患者を多く抱える原田病院でも、日々戸惑いながら「命」と向き合っていました。

「いや、無理はしなくてもいいでしょう、きくえさん。人間、食べたくない日だってあります。ただ、おじいちゃんのお迎えはまだかな」
「そら残念や。先生は、こんなおばあちゃんにも、まだまだいろんな治療をするんか?」
「動ける人には、それなりに力を尽くすというのが私の方針です」
「動けんようになったら?」
「そのときは」
わずかに考えてから、哲郎は笑った。
「静かにおじいちゃんを待ちますか」

P44

「妙な言い方になりますが、がんばらなくても良いのです。ただ、あまり急いでもいけません」
哲郎は、ひとつひとつ選ぶように言葉を紡ぎ出していく。
「あっちの世界への道は基本的に一方通行です。年に数回帰って来られるとはいえ、いつでも往来ができるわけではない。となると、この端正な庭もあの美しい東山も、好きなときに眺めることができません。せっかくこちらにいるのですから、あまり急ぐのも、もったいないと思います」

P112

「無理はしなくてもいい」「頑張らなくてもいい」
だけど、あまり急がなくてもいい。
迷いながらも、それでも彼が患者にかける言葉の数々からは、相手への配慮が伺えて、医師である以前の、一人の人間としての素晴らしさを感じます。

その対照的な存在として登場する、大学病院時代の同僚、花垣。
彼もまた医師としては素晴らしい腕を持っていて、大学病院で多くの症例を重ね、近年の医療技術の発展に大きく貢献する人物です。

大学病院という大きく複雑な組織に長年身を置きながらも、彼の患者と向き合う姿勢もまた素晴らしい。

『病気を診るのではない。人間を診るのだ」とは医学部教育で繰り返し提示されるスローガンだ。
しかし、と花垣は思う。
しかし人間中心を掲げている限りは、どうしても到達できない領域がある。新しい技術を切り開くために、患者の不安や家族の動揺などをすべて切り捨てて、数値やグラフや、ウイルスや癌細胞と、死物狂いで向き合わなければならないときがある。そうやって多くの先人たちが、未知の森を鋼の斧で切り開いてきた結果として、今の医学がある。
対峙するのは未知だけではない。ときには人間性の聖山に隧道を穿ち、倫理の峡谷も渡ってきたからこそ、胃癌や大腸癌を切り取ることができるのである。

P202

花垣もまた、彼なりに「命」と真正面から向き合っていることができました。マチ先生に引けを取らない素晴らしい医療従事者です。

この二人の他にも、目の前の命と向き合い続ける素晴らしい医療従事者が数多く登場する、この物語。

命を扱うお仕事なので「完璧」を追求されることは当然。

だけど「医師」という肩書きを持つだけで、彼らもまた一人の人間で、戸惑いながら日々「命」と向き合い続けているんですよね。

現役医師である著者による、医療物語

『神様のカルテ』シリーズで有名な同著者。
彼自身もまた、医療の現場に立つ人物であるということで、彼の見たこと、経験したことに基づいて、この作品が生まれたのではないでしょうか。

この本の刊行にあたり、作者から寄せられたメッセージが私はとても心に残っています。

●著者より 読者の皆さまへメッセージ

医師になって二十年が過ぎました。
その間ずっと見つめてきた人の命の在り方を、私なりに改めて丁寧に描いたのが本作です。

医療が題材ですが「奇跡」は起きません。

腹黒い教授たちの権力闘争もないし、医者が「帰ってこい!」と絶叫しながら心臓マッサージをすることもない。
しかし、奇跡や陰謀や絶叫よりもはるかに大切なことを、書ける限り書き記しました。

今は、先の見えない苦しい時代です。

けれど苦しいからといって、怒声を上げ、拳を振り回せば道が開けるというものでもないでしょう。

少なくとも私の心に残る患者たちは、そして現場を支える心ある医師たちは、困難に対してそういう戦い方を選びませんでした。

彼らの選んだ方法はもっとシンプルなものです。

すなわち、勇気と誇りと優しさを持つこと、そして、どんな時にも希望を忘れないこと。

本書を通じて、そんな人々の姿が少しでも伝われば、これに勝る喜びはありません。
(夏川草介)

Amazon概要より抜粋

このメッセージに込められた思いもきっと、決して綺麗事なんかではなく、医師である彼の率直な声だと、私は受け取りました。
マチ先生の感じる戸惑いも、迷いも、信念も、夏川さんの体験と重なっていることでしょう。

ぜひ多くの人に、夏川さんの思いが届いてくれるといいな…

また一つ、すばらしい作品に出会いました。
ありがとう、本屋大賞!

まだ本屋大賞ノミネート作全て読了したわけではないのですが、より多くの人に読んでほしい、大賞を獲ってほしい、推し作品です!

こちらの作品、気になった方はぜひ手に取ってみてくださいね。
読んだことのある方は、コメントで感想を教えていただけると嬉しいです^^

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