麺の曲の話【NDLs.03】Pilgrim in The U.K.K.(その②)

NDLs(ヌードルス)3曲目、「Pilgrim in The U.K.K」についての文章、第2回目である。
 今回はまず歌詞から。

<歌詞>
ふと目覚めた午前4時
船の中はすでに起き出して
「海と空のあいだ」は
闇にとけて見えやしないけど
港では煙たて
我れ先にとトラックの列
その隙間を縫うように
西へと駆けてくスーパーカブ

巡礼者を悩ませる
この1時間のタイムラグ
朝もやに待ち焦がれたよ
やや栄えたこの街のsunrise

暖簾くぐればイリコの香り
胸を満たして行く
早朝から列なす人々
目指すは銀のタンク
(かけ一玉)
負けじと玉をもらえば
コックひねってダシ満たす
一筋すすれば異次元の食感にコシ抜かす
そう The U.K.K
The U.K.K is inside of you

陽はようやく高くに
乾いた風肌すり抜けて
スーパーカブはさらに
西へと目指し突き進んでく
国道32号
巡礼者の進むべき道
イオン右に感じて
やっと開く栄光のgateway

左に曲がったならば
後はまっすぐ行くだけ
川越えて橋越えて森越え
山越えてたどり着いたんだ

トタン屋根を抜けるとそこには
果てなく広がる庭園
調味料コーナーにそびえる
専用ダシボトル
(かまたまやま)
麺とタマゴに紡ぎ出された
宇宙大のハーモニー
熱でやや固まった黄身には真理が宿るか
そう The U.K.K
Here's center of the world

陽が落ちれば程なく
フェリー通りにネオンきらめいて
巡礼者の夢路は
ついに果てへと差しかかっていく

夜にまぎれ忍び寄る
無味乾燥の生活
せめて今だけはそんな日々を
つるっとまるっと飲み込みたいんだ

先制のパンチがお出迎え
刺激的な spicy smell
ここでの夜のシメはもちろん
ラーメンじゃないぜ
(カレーうどん)
ダシで割ることのないカレーと
麺の直接対決
剛と剛が織りなす総括究極ランデブー
そうThe U.K.K

かけ ひやかけ ぶっかけ ざる 肉
かまあげ 生じょうゆ しょうゆ
ひやひやあつあつあつひやあつ
しっぽく 釜バター
(冷天おろし)
高松 さぬき 三木 綾川 まんのう
宇多津 多度津 善通寺
丸亀 坂出 東かがわ 三豊
観音寺 琴平
そう The U.K.K.
The U.K.K is inside of
The U.K.K
Here's center of the world for
The U.K.K
You don't have to worry, Udon there's
The U.K.K
The Udon-Ken Kagawa is in you!


<題名・歌詞について>
 前回も述べたが題名「Pilgrim in The U.K.K.」は「うどん県香川巡礼者」を意味する。この「うどん県」という呼称は2011年から使われており、現在でも香川県内各所で使用されているようである。
 で、曲のタイトルにまで使っておいてこんなことを言うのもなんだが、僕にはこの「うどん県」という呼称について、特に思い入れがあるわけではない。観光政策の一環として始まったのであろうが、僕自身初めて耳にした時から「へえ、そうか。」ぐらいの気持ちの動きであった。少なくとも自分から進んでこのワードを口にしたことは一度もない。
 ただ、今回の題名に限って言えば、「香川県」だと「K.G.K.」になるところが、「うどん県」のおかげで「U.K.K.」にすることができた。「Back in The U.S.S.R.」みたいでカッコいいではないか。その点で、うどん県香川の命名センスに、感謝である。
 ちなみに、丸亀市も一時期「うどん県骨付鳥市」を標榜していたことがあるが、こちらは定着しなかったようである。まあ、そういうこともあるだろう。

 歌詞について。今でも楽曲について1番、2番みたいな言い方をするのか不安を感じるが、この曲は3番まであり、エンディングでうどんメニュー、香川県内自治体羅列が配置されフィニッシュという構成になっている。
 1番から3番までそれぞれ、かけうどん、かまたまやま(釜玉うどんに山芋をトッピングしたもの)、カレーうどんが登場するが、すべて現存する実在の店をモチーフにして作詞している。
 そして、その店がどの店なのか、1~3番の同じ箇所で暗示している。いや、暗示というよりはハッキリと店名を組み入れている。
 讃岐うどん好きであれば、歌詞の内容を俯瞰しただけで、すぐに店名が浮かんでくるかもしれないが、僕としては結構苦心しつつ凝って作った箇所であるので、是非探してみてほしいと思う。探し当てられたら、僕にこっそりとDMでも送ってみてほしい。当たっていたら、商品は出ないが、「さすが」という賞賛を送りたい。
 それで、店名がハッキリしたら、歌詞のモチーフがいま現在の香川県ではないということに気づかれる方がいるかもしれない。一部の店では、歌詞に出てきた当時と営業形態が変わったり、営業時間が変わったりしている。冒頭に登場する「ジャンボフェリー」なんかも今と昔では運航ダイヤに若干の変動があった気がする。僕が気づいていない部分で、現在との差異が発生している箇所があるのかもしれない。
 
 この歌詞に出てくる香川県と讃岐うどん店の姿は、僕が最も讃岐うどん巡りに熱狂したころのものである。だいたい、2005年~2010年ぐらいのことであろうか。
 具体的なうどん店の情報なども歌詞に取り入れているわけだから、最近の情報なども加味して作詞するべきだとも思ったのだが、そこは、やはり僕の真なる感情、記憶を投影するために、あえて当時の情報によって作詞を行った。
 だから、この曲を聴いてもらった大部分の人には「讃岐うどん巡りって、そんな感じなのか」という印象を持たれるのかもしれないが、一部の讃岐うどん愛好家には違和感を感じられたり、ある意味でノスタルジーを感じていただけるのかもしれない。
 それならそれで、素晴らしいことだし、創作というものの多様な面が出ているのではないだろうか。
 今回の作詞では、僕の中にある郷愁にも似た讃岐うどんへの想いを形にした。別の作品では、そうでないこともあるだろう。僕が今から1年間かけて香川県を巡りまくったら、それはそれでまったく別の作品が生まれるのかもしれない。
 率直な自分を出したら、こうなった。そういうことである。
 そして、それが素晴らしいことなのだろう。僕たちが商業目的によらず、創作に取り組む意義である。
 本来の自分を創り出して、確認して、活力を得て、また進みだす。
 趣味で、いいじゃないか。こんなにも充実した趣味はなかなか見つけられないだろう。歳をとっても続けられる。まったく、素晴らしい。

 歌詞について、もう一つこだわったところがある。最後の香川県自治体の羅列である。並びの順序について、おそらく70パターンは試したであろう。作詞が煮詰まった頃の僕は、空いた時間にずっと「高松、丸亀、坂出…」とつぶやいていた。そして、僕としてはベスト・オブ・ベストの配置を導き出し、現行歌詞の並びとしたのである。語感が心地よく無理もない上で、緩急もついた。現時点では最高到達点と感じている。
 ちなみに、香川県の自治体ではあるが、直島町と小豆島町、土庄町が入っていない。すべて離島内の町である。
 直島町は芸術の島だし、小豆島はそうめんの島だから、今回は割愛した。直島はちょっとわからないが、僕がそうめんの歌を歌いたくなったら必ず小豆島が歌詞に登場するだろう。それもまた、一つの楽しみである。

 
<曲について>
 サウンド面について。僕がこの曲の草稿を、「今回は讃岐うどん巡りの歌です」と、Jesse先生に提示したところ、意外ですね、という答えが返ってきた。

 「うどん巡りの曲っていうから、もっとのんびりした曲と思ってましたけど、なんていうか…すごく疾走感のある曲ですね。」

 なるほど。たしかに意外と取られるのかもしれない。
 香川県という、いわば地方の県で、うどんという郷土的な食べ物を求めて巡るわけである。字面だけを見ると、実に牧歌的な印象を受けそうなものである。
 しかし、まさにこの疾走感こそが、この曲の、ひいては、讃岐うどん巡りにおける肝要であると思う。

 讃岐うどん店の開店は早い。一番の歌詞にも出てくるような、ごく早朝から開店する店はまれだが、製麺所・セルフタイプの店なら7時開店の店などはザラにある。9時には大半の店が開いている印象である。
 そして、それら製麺所・セルフの店が夜まで開いている、ということは、まずない。一般店や都市型のセルフ店ならば夜まで開いていて、お酒など嗜みながら…ということは、たまにあるが、基本的に讃岐うどん店は14~15時には閉まるという認識で間違いない。
 では、朝から15時ぐらいまでに訪問すればいいのだな、という考えでうどん巡りの計画を立てようとすると痛い目に合う。
 基本的に、製麺所・セルフ型の店舗において、うどんは茹で置きである。うどんは太さにもよるが、茹で上がりに15~20分の時間を要する。製麺所・セルフ店では客単価が安く、回転が非常に重要であるため、多量のうどんを茹で、水で締め、1玉ごとに取り分けておく。一度茹で上げられた麺は、当然ながら時間が経つごとに伸びてコシが失われていく。そのように鮮度を無くしたうどんを食べてみたところで、そのうどんが持つ本来の味わいを享受することができないのは明白であろう。
 つまり、その店が提供するうどんの本来の実力を味わいたいのなら、うどんがよく循環している時間、すなわち、客足の多いピークタイムを狙わなければならないのである。
 これは、僕の経験則かつ完全な主観だが、香川県においてうどんは朝・昼の食べ物である。早朝から昼時にかけて、うどん店には大体において客がいる。9時や10時などの半端な時間であっても、である。
 それが昼のピークタイムを過ぎたころになると、パタッと客足がいなくなる。飲食店というものが総じてそういうものなのかもしれないが、僕が香川で感じたその印象は、特に強い。
 つまり、讃岐うどん巡りにおける重要な時間帯は、9時から13時ごろでそれほど長くない。その短時間の間に、どれだけ多くのターゲットへとアクセスできるのか、それを綿密に計画しなければならない。
 そして、その計画をもって、香川県内を駆け抜けるのである。疾走するのである。
 
 これが僕にとっての、いや、恐らく数多いる県外讃岐ウドニストにとっての、讃岐うどん巡りというものである。
 
 この、疾走感というテーマについては、曲内で存分に発揮できたと感じている。
 実際に、僕と香川県内をレンタサイクルで巡った後輩のI原くん、彼をしても
 「先輩と駆け抜けた香川の感じがよく出ているッス! 最高ッス!」
 との褒めちぎりようであった。鼻が高い。いい後輩である。褒めてくれる人は宝物である。
 
 
 さて、曲調について、もう一つJesse先生がおっしゃったことがあった。
 完成した曲をお聴きになって、
 「これは見事なファンクですね。うどんファンク。」

 ファンク……。

 僕の頭の中でワイルド・チェリーの「Play That Funky Music」と、映画「ロッキー4」の劇中でジェームス・ブラウンが歌う「Living in America」が流れた。きらびやかなステージの上、試合前のアポロ・クリードが、JBのかたわらで軽やかなステップを踏む。
 僕のファンク経験はそれぐらいのものだ。しかし、先生はファンクだという。
 僕の幼少期からこれまでに至る音楽経験の中に、その他のファンク体験があったのだろうか? 曲作りにまで影響を与えてしまうような?
 おそらく、自分でも気づかない程の規模で、それは起こっていたのだろう。そして、ファンクの粒子は、僕の中に、徐々に堆積していったのだろうと思う。
 時を経て、それがうどんファンクとして花開いたのである。うどんファンク。聞いたことがない。おそらく世界で唯一であろう。

 そんなわけで、全く無自覚で作り上げた、世界唯一のうどんファンク
「Pilgrim in The U.K.K.」。
 改めて、香川県を一緒に疾走していただければ、幸甚の限りである。


 ラボレムス - さあ、仕事を続けよう。

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