【vol.024 編集後記02:「ないはずだったvol.024」のある世界】

 vol.024編集後記の続きです。
 前回は存在しないはずのvol.024がなぜ存在しちゃってるのか、振り返りを綴りました。今回は取材について振り返ります。


 さて、やると決まったからには取材に向けて、準備です。
 精神障害の取材は自薦だったvol.015を除いて、先に取材先の組織が決まり、取材を受けてくれる個人を選出してもらうというケースがほとんどです。今回もそうでした。人選は旭さんとOSBSにお任せし、決まったのが後藤さんでした。

 特にこういう人がいい、こういう障害の人をお願いします、といった類のオーダーもしていません。希望がないわけではないんですけど、それにこだわるよりは「取材を受けたい、受けてもいい」という気持ちを持っている方を優先したいと考えています。経験から、その方が良い取材になりやすいので。こちらの希望に合う人を探して説得して、というやり方をしようとは、今回のようなケースでの精神障害の取材においては考えないんです。

 で、他薦によって決まった後藤さんの取材なので、当然何も知らない所からのスタートです。というわけで、まずはお話を伺ってみないと始まらないので、事前打ち合わせを設定していただきました。

 後藤さんはパッと見本当に普通の人、という言い方があっているかわかりませんが、特に変わった所は見受けられない人です。きっと街中ですれ違っても、記事でご紹介したような辛い時期を過ごされてきたとは思えないでしょう。ただ、これまでに取材してきた人たちと比べると、若干の不安定さは感じられました。取材であれこれ聞くけど、大丈夫かな?と気にはなりましたね。なのでまず初めに聞いたのが、「なぜこの取材を受けてみようと思ったのか」ということ。すると返ってきたのが「旭さんが薦めてくれたから」という答え。これはちょっと意外というか、想定していない答えでしたね。今までになかった答えでしたので、正直ピンとはこなかったのですが。

 お話を伺ってみると、想像以上に辛い時期を過ごされていて、聞いているうちにこちらの不安が増していくのを感じましたね。こんなに辛い経験を、振り返って話していて大丈夫かな、負担じゃないのかなと。積極的に思い出したくない内容ばかりでしょうし、そういう経験を伝えたい、知ってほしいという自発的な意思があるわけでもないのにと。

 ですがこちらの心配をよそに、意外なほど淡々と自身の経験を語っていくんですよね、後藤さんが。かなり長期間にわたる経験を聞いたので、記憶が曖昧だったりなかなか思い出せないようなところもあって、ついこちらもそこを根掘り葉掘り聞き出すような場面もいくつかあったのですが、思い出すのに苦労する様子はあっても、聞かれること自体を苦にする様子は見受けられなくて。それはなんでなんだろうなと思いつつ、話を伺っていました。

 ひと通り話を伺って、これほど辛い時期を過ごしてこられたのに、今はフルタイムで働けている、自分の経験を言葉にできている。それを知るだけでも充分貴重な取材だよねとまず思いました。だから辛かった時期のことは詳しく紙面に載せることにして、その上でなぜ今フルタイムで働けるまでになったのかを知りたいし伝えたいな、というのが直後の感想です。

 これを書いている時点で制作中のvol.025取材や、これまでの取材でも感じてきたのは、精神障害や心の病についての漠然としたネガティブイメージが根強いなってことなんです。それは例えば報道で取り上げられるような、衝撃的な事件報道にあたり容疑者の精神鑑定が求められるケースがしばしばあって、そういうイメージと精神疾患が結び付けられているようにも感じるのです、精神障害者の雇用についての調査結果などを見ていると。でもそれは、やはり間違ったイメージだと思うんですよね。

 精神障害や心の病のほとんど全ては、持って生まれた異常性でもなんでもなく、誰にでもそうなる可能性のあるものです。そして精神障害や心の病を一度抱えたとしても、適切な治療を受ければ回復できるし就業もできる。その人に合った環境さえあれば、ポテンシャルを発揮できる人はたくさんいると思いますし、実際に見てきました。だからそれを伝えるための号にしたいし、そのためには後藤さんの辛かった体験を詳しく紹介することは、とても重要な意味があるなと考え、方向性を決めました。

 取材本番を迎え、後藤さんが勤務する藤沢ブランチへ。後藤さんが髪を切ったのは、すぐにわかりました。「美容院でじっとしているのはちょっと怖い、不安です」とおっしゃっていたのに行ったんだな、取材によって一歩踏み出せたんだなとすぐにわかり、それだけでもこの取材をやる価値があったな、良かったなと思う出来事でした。

 取材を通して強く伝わってきたのは、後藤さんが感じている会社や旭さん、安達チーフに対する強い信頼感でした。「この会社でなら働ける、旭さんや安達チーフになら何を言っても大丈夫」という安心感です。

 後藤さんが長く苦しんできたパニック障害で厄介なのは、予期不安です。まだ発作が起きていないのに、「また起こるかもしれない」という不安。これが強くなると、いつでもどこでも常に不安を感じてしまい、何もできなくなってしまいます。そういう状態だった後藤さんが、安心して就業できている。それは会社や旭さん、安達チーフのおかげなんだなと。だからこそ「旭さんの勧め」という理由だけでこの取材を受けられたんだなぁ、とようやくわかった気がしました。

 藤沢ブランチは、いい意味でどこにでもあるような普通のオフィスです。勤務する人のほとんどが障害者の特例子会社だと言われても、外見上は全くわからないでしょう。それを紙面でレポートすることはできなたっかのは、致し方のないこととはいえ残念です。とはいえこういう特例子会社が増えつつあることを取材できたのは、やはり収穫でした。

 これまでの取材や活動を通して、障害を持っているが故に起業した、という人と出会うことが何度かありました。障害があると他の人と同じような働き方は難しい、だから起業したと。一理あります。でもやはり、そうできる人ばかりではないのも確かでしょう。ならば障害があっても無理なく継続的に就業できる環境というのはこれからますます必要になってきますし、それは当事者のために必要というだけではなく、企業の方も障害者を含めた多様な人々の能力を活用することを、今以上に必要としていくだろうと思うのです。この辺りのことは現在制作中のvol.025でも触れていますが、今はまだまだ人の活かし方が上手くない、限られた活かし方しかできていない時代なんだろうなと思うわけです。そういう中で、今回の後藤さんとOSBSのケースを記事として発信できた、知ってもらう機会を作れたのは収穫だったな、有意義だったなと思えています。

 このvol.024を作ることになった時、「あぁ、決まっちゃった」という思いが心をよぎったのは事実です。でも作り終える頃には、その思いはもうどこかに行っていました。休刊を準備していたのに作らざるを得なかった、という思いはありませんでした。それはこの号の充実ぶりがそうさせたんだろうなぁと思っています。縁あって続けることになってよかったなと、そう感じられる号でした。


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vol.024の編集後記はここまで。
次回からはvol.025の未掲載記事を不定期更新していきます。

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